Q087 生前の相続放棄や、生前の遺産分割協議はできるか

【Question】

妻とは10年前に死別しましたが、近いうちに再婚したいと考えています。

しかし、前妻との間に生まれた長男が、
「再婚相手にはお父さんを相続する資格があるから、相手が相続権を放棄することを再婚の条件にしてほしい」
と言われました。

長男が言う事も理解できないわけではありませんが、再婚相手に相続権を放棄してもらうにはどうすればいいのでしょうか。

 

【Answer】

まず、家庭裁判所で手続きをする『相続放棄』の申し立ては、相続があったことを知った時から3ヶ月以内にするものとされており、相続開始前に申し立てることはできません。

また、たとえば「相続権を放棄します」という内容の念書を書かせたとしても、法律上は無効であり、何も効力はありません。
財産の持ち主が亡くなったわけでもないのに、あらかじめ推定相続人が集まって遺産分割協議をすることも、やはりできません。

遺言や死因贈与契約を活用することによって相続財産が再婚のお相手に渡らないようにするのが、一番お望みに近いと思います。ただし、遺留分はどうしようもありません。

 

【Reference】

生前の相続放棄はできない

まず、家庭裁判所での『相続放棄』手続きは、相続開始前にすることはできません

相続放棄の手続きは、相続ガあったことを知った時から3ヶ月以内にするものとされており(Q078)、相続開始前に申し立てることはできない仕組みになっているからです。

これは、相続開始前の相続放棄を認めてしまうと、たとえば親が特定の子に圧力をかけて相続放棄を強制するような弊害が予想されるので、それを防ぐために相続開始前の相続放棄手続きをいっさい認めていないのです(例:東京家審昭和52年9月8日家月30巻3号88頁)。

 

遺産放棄の事前約束や、生前の遺産分割協議も無効

家庭裁判所の手続きを使わずにあらかじめ遺産相続を放棄する約束を取り付けていたとしても、やはりそれは無効であり、いっさい効力を持ちません。

また、本来であれば相続が開始した後に作成するべき遺産分割協議書を相続開始前に作成しておき、あらかじめ署名捺印しておいたとしてもなんら効力はありません

これらは、生前の相続放棄が認められないのと同じく、強制される弊害があるからです。
そもそもある人がまだ生きているのに、その人の権利や義務を周囲が勝手にどうにかするなどということが、たとえその人の家族であろうと許されていいわけがないのです。

また、遺産の範囲は相続の開始によってはじめて確定するのですから、相続に関する約束や協議は、相続が開始した後に各相続人の意思によって行われるのが本当の姿です。
対象となる財産が定まってもいない段階では、遺産放棄の約束や分割協議をしても意味がありません(次の日に宝くじが大当たりするかもしれないではないですか)。

 

次善の策は遺言や死因贈与

結局のところ、ある人が自分の万一の場合に備えてあらかじめ財産の行方を決めておく方法としては、遺言か死因贈与契約が一般的なものであると言えます。

その場合でも遺留分の問題は避けられません。
ただし、遺留分については相続放棄と異なり、家庭裁判所の許可を受ければ相続が開始する前でも遺留分は放棄できます

しかし、遺留分放棄の代償がきちんと支払われているかどうかなど、一定の条件をクリアしないと家庭裁判所は相続開始前の遺留分放棄を許可しません(詳しくはQ076)。

 

 

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