Q067 死亡保険金は特別受益にあたるのか

【Question】

父が亡くなりました。母と兄、それに私が相続人です。
父の遺産は総額で5,000万円ですが、それとは別に、被保険者=父、受取人=私となっている死亡保険が1,000万円ありました。私が病弱なので、父が特別に気をつかってくれたのだと思います。

死亡保険金は父の遺産ではないと聞いていたので、私が受け取る保険金とは別に、母の相続分は2,500万円、私たち兄弟の相続分は平等にそれぞれ1,250万円になるのだと考えていました。

ところが兄は、私は1,000万円の保険金を受け取っているのだからそれも含めて計算すると、母の相続分は3,000万円、兄の相続分は1,500万円、私の相続分は500万円(1,500万円から受け取り済みの保険金1,000万円を差し引いた残り)だと言います。

兄の考え方と私の考え方の、どちらが正しいのでしょうか?

 

【Answer】

過去の裁判例からすれば、あなたの考え方のように、受け取った死亡保険金は遺産に戻して計算しないというのが通例です。
ただし、遺産の中で死亡保険金の占める割合が高いなどの特段の事情がある場合には、お兄様の計算のように、死亡保険金を『特別受益』として相続財産に持ち戻すことがあります。

あなたの場合、遺産総額5,000万円に対し、死亡保険金が1,000万円であり、これは遺産総額の20%に相当しています。保険金額が遺産総額の50%を超えるとほぼ確実に特別受益として持ち戻しの対象になりますが、20%であれば「絶対ではないが、たぶん大丈夫」という水準です。
まずは、死亡保険金は特別受益にあたらないと主張してみてください。

 

【Reference】

死亡保険金が特別受益になるかならないかによって結果は大違い

法定相続分または指定相続分を絶対的なものとしてそのまま適用すると、共同相続人間に不公平が生ずる可能性があります。
たとえば、相続人のうちで被相続人から生前贈与や遺贈を受け取っている人がいるにもかかわらず、その人が遺産分割の際にも他の共同相続人と同様、均等に遺産の配分を受けることができるとしたら、「それはちょっとどうなのか」という意見が出てきてもおかしくありません。

そこで、生前贈与や遺贈によって財産を受け取った相続人がいる場合には、それは相続分を前渡しされたものとみなし、この贈与財産の『価額』を相続財産に加えたうえで遺産を分割することで、不公平感を解消します。これが『特別受益』という制度です(詳しくはQ066)。

ならば、死亡保険金についても『特別受益』といえるのではないか、という意見が昔からありました。
死亡保険金は相続財産ではないので遺産分割の対象にならない(Q012)としても、保険金が特別受益にあたるとするならば、自己の相続分を前取りしたのと同じことになり、遺産分割の際には実質的に自己の取り分が少なくなることになります。
反対に保険金が特別受益にあたらないとすれば、相続人間の不公平感が強くなります。

たとえば、自宅マンション1,000万円相当と預金1000万円とを持っている人が亡くなり、その相続人が長女と二女の2人だとします。
この人が何もせずに亡くなれば、当然、長女と二女はそれぞれ1,000万円相当の遺産を相続することになります。

そこで、「死亡保険金が特別受益にあたらない」とすれば、どうなるでしょうか?
この人が、1,000万円の預金全額を一時払い掛金として二女を受取人とする生命保険に入れば、二女は遺産分割によらずして1,000万円の保険金を手にしたうえ、さらに残りの相続財産である自宅マンションについても長女と均等の相続権があることになり、これではどうしても長女にとって不公平感が強いです。

そんなわけで、法律業界でもなかなか意見がまとまらなかったのです。

 

最高裁が出した結論

死亡保険金が特別受益として持ち戻しの対象になるかどうか、平成16年10月29日の最高裁判決が、次のような結論を出しました。

a)原則として生命保険金は特別受益の持ち戻しの対象とならない。

b)例外的に、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となる

この最高裁の判決では、原則として生命保険金が民法903条の特別受益の持ち戻しの対象にならないとしています。
なぜかというと、まず903条の条文からすれば、 死亡保険金は受取人固有の財産であって贈与や遺贈で受け取る財産ではないので、特別受益として同視するのは無理があります。また実質的にも、保険金額は払い込んだ保険料と等しいわけではなく、被保険者が生きていたら得られたであろう収入に見合うものでもありません。そのため、遺産として持ち戻す対象になりえないのです。

しかし、このままでは不公平感が解消できません。

そこで、相続人間の不公平を無視できないほどの「特段の事情」があれば、死亡保険金も特別受益として持ち戻しの対象になることになりました。
先の例でいわば、長女の不公平感を無視できないほどの「特段の事情」があるならば、遺産分割に際しては、すでに死亡保険金1,000万円を受け取っている二女はもはや取り分が無く、長女がマンションを相続することになります。

 

死亡保険金が特別受益として持ち戻しの対象となる「特段の事情」

そこで、どのような場合が「特段の事情」にあたるかが焦点になります。

最高裁判決後の裁判所審判例をみると、まず保険金額と遺産総額の比率を基本として、これに同居の有無等の諸事情をあわせて考慮することによって、特別受益にあたるかあたらないかの判断をしているようです。
そして、情報を整理すると、保険金の額が(他の)遺産総額の45%~50%を超えると、特別受益として認定される可能性が非常に高いと言えそうです。
たとえば遺産の総額が5,000万円のときに、他に死亡保険金が2,500万円を超えて存在するならば、この死亡保険金はまず特別受益と認定されることになるでしょう
しかし同じ2,500万円の死亡保険金でも、遺産総額が2億円もあるケースであれば、特別受益と認定される可能性はずっと低くなるでしょう(保険金の額が遺産総額の12.5%)。

上記の最高裁判決は、次のような事例でした。
不動産の評価額 1,149万円
不動産以外の遺産 約5,250万円
保険金総額 約792万円
・・・保険金総額は遺産総額の12%強
そしてこの場合、死亡保険金は特別受益とならないとされました。

 

反対に、死亡保険金が特別受益となり、持ち戻しの対象となるとされた事例には次のようなものがあります。

妻が取得する死亡保険金等の合計額が約5200万円とかなり高額で、相続開始時の遺産価額の61%を占め、被相続人と妻との婚姻期間が3年5ヶ月程度であった事例(平成18年3月27日名古屋高裁決定)

 

もっとも、常に保険金額と遺産総額との割合だけで決まるわけではありません。保険金を受け取った相続人が被相続人を献身的に介護していたような場合ならば、そうでない場合に比べると、多少なりとも高額の死亡保険金を受け取ったとしても不公平だとは言えないでしょう。裁判所ではこのあたりも判断材料にしています。

 

なお、生命保険金は遺留分算定の基礎にも含まれません(平成14年11月5日最高裁判決)。

 

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2014年2月25日 | カテゴリー :