Q080 生命保険金を受け取ったら相続放棄できないのか(法定単純承認1)

【Question】

先月夫が亡くなりました。
夫は、自分に万一があったときの事を考えて、妻である私を受取人とする郵便局の簡易保険(死亡保険)に加入していました。

夫が亡きあとの日々の生活費に不安があったので、葬儀後さっそく郵便局で保険金を請求し、受け取った保険金200万円の一部を生活費に充ててしまいました。

ところが、夫はこれと言った遺産も残さなかったのに、総額で600万円もの債務を負っていたことがわかりました。急いで相続放棄の手続きをしたいと考えていますが、遺産を使ってしまうと相続放棄できないと聞き、とても不安です。

 

【Answer】

保険契約の内容からすれば、この保険金はご主人の遺産(相続財産)ではなく、あなた自身の財産です。
そのため、保険金を受け取って一部を使ってしまったとしても、相続放棄の手続きをすることが可能です。

 

【Reference】

法定単純承認 ~相続を承認したものとみなされてしまうケース~

自分から「相続を承認します」という意思を明らかにしなくても、他人から見たら相続を承認したような事実があれば、相続人は単純承認したものとみなされます。これを法定単純承認といい、次のような場合がこれにあてはまります(民法921条)。

(1)相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき

・「処分」には、相続財産の事実上の処分(例:取り壊し)と、法律上の処分(例:譲渡)の両方を含みます。
・単に建物の修理のような遺産の値打ちを維持するだけの行為や、短期の賃貸借契約(たとえば土地なら5年、建物なら2年以内の期間の賃貸借契約)は除きます。

(2)相続人が相続放棄や限定承認の手続きを取らず、3ヶ月の熟慮期間Q079を過ぎたとき

(3)たとえ相続放棄や限定承認をした後でも、相続財産の全部または一部を、(a)隠したり、(b)債権者に隠れてこっそり消費したり、(c)隠すつもりで限定承認をしたときに作成する財産目録に載せなかったりしたとき

このようなケースにあてはまって法定単純承認が成立すれば、もはやその後に相続放棄することはできません。
たとえ熟慮期間中であったとしても、法定単純承認を生じさせた行為を撤回することは原則としてできず(民法919条1項)、相続人は無限に被相続人の権利義務を承継することになります(民法920条)。

 

生命保険金を受け取って使ってしまった場合

生命保険金を受け取って使ってしまったケースでは、まず保険契約の内容を確認し、受取人が誰かを確認します。
そして、受け取った保険金が相続財産になるかどうかで、法定単純承認が成立するかどうかを判断します。
(『Q012 死亡保険金は相続財産として遺産分割の対象となるのか』もあわせてご覧ください)

(1)故人が受取人になっている場合

この場合には保険金は相続財産の一部になります。このタイプの保険金を相続人が受け取ると相続を承認したものとみなされて相続放棄することはできません。逆にいえば、相続放棄した場合には、このタイプの保険金を受け取ることはできません。

医療保険の入院・通院給付金、後遺障害保険金などが、このタイプの保険金に該当します。

 

(2)保険金受取人が『特定の人』になっている場合

この場合には保険金は相続財産にならず、受取人固有の財産となります。このタイプの保険金を相続人が受け取った場合でも、相続放棄をすることができます。逆にいえば、相続放棄した場合でも、このタイプの保険金を受け取ることができます。

いわゆる『死亡保険金』は、最近ではこのような契約になっています。

 

(3)保険金受取人が単に『相続人』となっている場合

この場合にも保険金は相続財産にならず、各相続人が固有の保険金請求権を持つことになりますので、(2)と同じになります。

 

結局、遺産になるかならないかで判断する

生命保険金以外にも、受け取った金銭等が相続財産を構成せず、受取人固有の財産になるものがあります。
たとえば『死亡退職金』『弔慰金』『公的遺族年金』がこれに該当します。

これらを受け取ったとしても相続を承認したとみなされることはなく、相続放棄することが可能です。逆にいえば、相続放棄したとしてもこれらを受け取ることができます

 

厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂
厂厂厂厂
厂厂厂  ©司法書士法人ひびき@埼玉八潮三郷
厂厂
厂               無断転載禁止

Q079 死亡後3ヶ月を過ぎても、相続放棄できるか

【Question】

1年前に死亡した父のことで相談します。

父は母と20年前に離婚して家を出ていき、私とはそれ以来ずっと音信不通でした。
昨年父が亡くなったと聞きました。相続人は私一人だけです。
遺産は時価800万円にも満たない中古マンションくらいで、同居していた女性にそのマンションを遺贈するという遺言があったのでそのとおりにし、遺留分なども請求しませんでした。

ところが先週、ある金融機関から内容証明が届きました。それによると、父は古くからの友人が金銭の借り入れをするときに保証人になっていたとのことで、借主が返済できなくなったので、保証人の相続人である私に1,300万円を支払えというものでした。

今からでも相続放棄したいのですが、できるでしょうか。

 

【Answer】

できる可能性はあります。まずはあきらめずに家庭裁判所に相続放棄を申し立ててみてください。
もしも却下されたら、高等裁判所に即時抗告してみてください。あきらめるのはまだ早いです。

 

【Reference】

相続放棄は、相続人が、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内にしなければなりません(民法915条1項)。この期間のことを『熟慮期間』と呼んでいます(『考慮期間』ともいいます)。

3ヶ月以内にしないと故人の負債を相続人がまるまる引き継ぐことになります(法定単純承認。民法921条2項)。
そこで、「自己のために相続の開始があったことを知った時」がいつの時点なのかが大きなポイントになります。

原則は、『故人の死亡』と『自分が相続人であること』を、両方とも知った時

この「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、次の両方の事実を知った時からスタートします(一般的な相続の場合)。
(1)故人(被相続人)が死亡した事実
(2)自分が相続人であるという事実

すると、家族が集まって故人を看取ったような場合には、その亡くなった日から熟慮期間がスタートすることになります。
昔は、このように厳格に解釈されていました。

しかしこれでは、今回のご相談のように、後になってから相続人が知らない多額の借入金や保証債務が出てきたときに、どうしようもなくなってしまいます。債権者の中には熟慮期間が過ぎるのを待って、それから相続人に督促をかける悪質な金融業者も存在したので、このような厳しい法律の運用は、強く批判されていました。

 

最高裁が例外を認めた

批判を受けて最高裁は、熟慮期間に関する解釈をゆるめる判決を出しました(昭和59年4月27日)。

次の条件すべてをクリアした場合には、「相続人が相続財産の全部または一部の存在を認識したとき」から熟慮期間がスタートするという基準を出したのです。

(a)相続人が、相続財産がまったく存在しないと信じたこと
(b)被相続人と相続人が長い間音信不通であった等、相続財産の調査がいちじるしく困難だったために、(a)のように信じる相当の理由がある場合

 

ご相談の事例では

ご相談の事例では、最高裁の基準を満たしていれば内容証明を受け取った時から熟慮期間がスタートすると言えそうですが、ご相談者は相続財産として中古マンションがあることを知っていますから、前記(a)の条件を満たしていません。
しかし、債務の存在を知らなかったために相続放棄することができなかった(知っていたら相続放棄していただろう)という点では変わりがありません。

この点で、上記の最高裁判決の後、各地の裁判所ではさらに基準を緩める判断がなされています。相続財産の一部を知っていた場合でも、すべての相続財産を他の相続人が取得するとの合意が生前からあって自分が相続する財産が無いと信じていたというようなケースでは相続放棄が認められたことがあります。

したがいまして、ご相談のようなケースでも、相続放棄の申立てをしてみる価値は十分にあります。

 

厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂
厂厂厂厂
厂厂厂  ©司法書士法人ひびき@埼玉八潮三郷
厂厂
厂               無断転載禁止

Q078 他界した身内の借金が、自分に降りかかってきたら (相続放棄)

【Question】

1年近く前に、兄が他界しています。
先週、ある消費者金融から私に、他界した兄が残した借金を支払ってほしいという内容の督促状が届きました。
びっくりして兄の子である甥に電話したところ、めぼしい遺産が無く多額の借金を残していたので、家庭裁判所で相続放棄の手続きをしていたとのことでした。

私は兄の借金を肩代わりしないといけないのでしょうか。

 

【Answer】

あなたもすぐに家庭裁判所で相続放棄の手続きをすれば、借金を負わずに済みます。
なお、手続きをする裁判所は、甥っ子さんが手続きをした所と同じ家庭裁判所(被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所)になります。遠方の場合には郵送でも手続きができますので、お近くの司法書士にご相談ください。

 

【Reference】

相続放棄の手続きと『熟慮期間』

ご相談者の事例のように遺産が借金しかない場合や、プラスの相続財産よりマイナスの相続財産が多い場合には、相続開始地(被相続人の最後の住所地)の家庭裁判所で『相続放棄』の手続きをし、これを受理する審判を得ることによって、その相続については初めから相続人とならなかったものとみなされ、支払い義務を免れることができます。

債権者に『相続放棄します』という内容証明を送っても効果はありません。必ず家庭裁判所の手続きが必要ですのでご注意ください。

相続放棄をするかしないかは、他に共同相続人がいたとしても、各自が自由に決めることができます。
そのため単独で手続きをすることができます

相続放棄は相手方である債権者(本事例では消費者金融会社)に与える影響が大きいので、手続きをすることができる期間に制限があり、自己のために相続があったことを知った時から3ヶ月以内に、相続を承認するのかそれとも相続放棄するのかを決めなければなりません(この3ヶ月の期間を『熟慮期間』とか『考慮期間』といいます)。

もし3ヶ月以内に決断できない事情があれば期間延長の申立てをする方法があり、また3ヶ月経過してしまっても事情によっては相続放棄を受理される可能性もあります。司法書士に相談してみてください。

注意点としては、相続放棄の手続きをする場合は、他の相続財産には手をつけないようにしてください
相続放棄をする前に遺産の一部を処分(たとえば預金の解約や遺産の売却)すると相続を承認したことになり、相続放棄ができなくなります(法定単純承認、民法921条1項)。

 

相続放棄の効力

(1)相続放棄が認められると、初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。

たとえば、次のケースで考えてみましょう。

相続人 配偶者と子

この場合、通常は配偶者に2分の1、長女と長男にそれぞれ4分の1の法定相続分があります。

ここで長女が相続放棄の手続きをしたら、相続開始時から配偶者と長男だけが相続人だったことになります。法定相続分は配偶者が2分の1、長男が2分の1になります。

また、長女と長男の両方が相続放棄の手続きをしたら、配偶者だけが相続人となるのではありません相続開始時から子がいなかったものとみなされ、第2順位の相続人である故人の父母(直系尊属)が、配偶者とともに相続人となります。法定相続分は配偶者が3分の2、故人の父母(直系尊属)が3分の1です。(相続人・相続順位についてはQ003)。

 

(2)相続放棄をすると、初めから相続人でなかったとみなされるため、手続きをした人に子がいる場合でも代襲相続にはなりません(Q005)

 

(3)『死亡保険金』『死亡退職金』『遺族年金』『香典』は、相続人固有の財産ですので、相続放棄しても受け取ることができます。

 

事例にあてはめてみると・・・

今回の事例では、お兄様が亡くなってから1年近く経過しています。
熟慮期間の3ヶ月はとうに過ぎているようにも見えます。それでも相続放棄をできるのでしょうか?

お兄様には子がいるので、弟であるご相談者の方は、そもそも相続人ではありませんでした。
第一順位の相続人(故人の子)全員が家庭裁判所で相続放棄をしたことによって、第三順位の相続人である兄弟姉妹が相続人に繰り上げ当選したと考えられます(第二順位の直系尊属はすでに死亡していたため)。

熟慮期間は、『自己のために相続があったことを知った時』からカウントされますから、ご相談者の熟慮期間は消費者金融からの督促状を受け取った日からスタートし、この日から3ヶ月以内に相続放棄の手続きをすればセーフです。
督促状を受け取ったのが先週ですから、まだ大丈夫です。

 

 

厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂
厂厂厂厂
厂厂厂  ©司法書士法人ひびき@埼玉八潮三郷
厂厂          お問い合わせはこちら
厂               無断転載禁止

Q077 相続を『承認』するための手続きは?

【Question】

母が他界したので、相続の手続きについて本を読んで調べてみたところ、「3ヶ月以内に相続の承認・放棄をしなければならない」と書いてありました。

母には特に借金などはないので、普通に相続を承認したいと思います。

けれども、私の本には、「相続放棄の手続きは家庭裁判所で行います」としか書いてありません。相続を『承認』する手続きも家庭裁判所で行うのですか?

 

【Answer】

単に相続を承認するだけならば、何も手続きは必要ありません。
もちろん、家庭裁判所に行く必要もありません。

 

【Reference】

相続の『単純承認』

ある人が亡くなると、遺産の相続が行われます。
相続が行われると、被相続人に関わる一切の権利や義務が、すべて相続人に引き継がれることになります。
プラスの財産はもちろん、借金などのマイナスの財産も引き継がれるわけです。

遺産相続は、相続人が「自分が相続人となったこと」を知っているかどうかに関係なく行われます。
また、相続したいかどうかという、相続人の意思とは無関係に行われます。

しかし、故人が残した財産よりも借金のほうが多い場合のように、義務のほうが権利よりも多ければ、相続人にとって、遺産相続は迷惑この上ない話です。また、プラスの財産のほうが多い場合でも、さまざまな事情によって「相続したくない」という場合もあります。

このような事情を考慮して、相続人は相続を拒絶することができるようになっています。それが『相続放棄』です。
債権者などの利害関係人に与える影響が大きいので、『相続放棄』には一定の手続きが必要とされています。

『相続放棄』をしないならば、自動的に相続を承認(単純承認といいます)したことになります。したがいまして、単純に遺産を相続する場合、すなわち『相続の承認』をする場合には、特別な手続きは必要なく、何もしなければ相続を単純承認したことになります

 

『限定承認』というものもある

相続の承認には、前記の単純承認の他に、もうひとつの方法があります。

相続はするけれども、借金などのマイナスの遺産については被相続人がのこしたプラスの遺産の中でだけ清算し、プラスの遺産を超える借金については責任は取りません」という方法で、これを『限定承認』と言います。

限定承認では、プラスの遺産のほうがマイナスの遺産よりも多ければ清算後の残りは相続人のものになり、マイナスの遺産のほうが多かったとしても相続人が自腹を切る必要はありません。
相続放棄と同様に、債権者などの利害関係人に与える影響が大きいので、『限定承認』にも一定の手続きが必要です。

限定承認は遺産がプラスかマイナスかがわからない場合に有効ですが、手続きが非常に複雑で、税金の面にも注意が必要です。使いにくい制度であるために、現実にはあまり利用されていません。

 

厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂
厂厂厂厂
厂厂厂  ©司法書士法人ひびき@埼玉八潮三郷
厂厂
厂               無断転載禁止