【Question】
父が交通事故で死亡しました。
家族にとっては良き父親でしたが、事業を営んでいた関係で借入金が多く、相続に関しては家庭裁判所で相続放棄の手続きをすることを検討しています。
もし相続放棄をしたならば,交通事故に関して、加害者からの損害賠償は一切受けられないのでしょうか?
【Answer】
交通死亡事故によって発生する不法行為に基づく損害賠償請求権は,次の二通りに区別できます。一つは(a)亡くなったお父様ご自身の損害賠償請求権、もう一つは(b)遺族であるあなたご自身が持つ損害賠償請求権です。(ご参考:Q085 交通死亡事故の損害賠償金は相続されるの?)
(a)亡くなったお父様ご自身の損害賠償請求権の例
①治療費
②死亡による逸失利益
(生きていれば得られたはずの将来の収入等のことです)
③死亡に対する慰謝料
(精神的損害に対する賠償金のことです。たとえ即死であっても、被害者自身が精神的損害を受けたものとして慰謝料を請求する権利が発生します)
(b)遺族であるあなたご自身が持つ損害賠償請求権の例
①遺族固有の慰謝料
(家族を失うという精神的苦痛について、加害者に請求できる賠償金)
②扶養利益喪失による損害賠償
(交通死亡事故の被害者から扶養されていた内縁の妻は、扶養請求権を侵害されたものとして、被害者の逸失利益の50%を賠償請求できると判示した裁判例があります。平成12年9月7日最高裁判決)
(a)の亡くなったお父様ご自身の損害賠償請求権は、相続財産に含まれるため、家庭裁判所で相続放棄の申述をすれば受け取ることができません。
いっぽう、(b)の遺族であるあなたご自身が持つ損害賠償請求権は、死亡保険金と同様に遺族固有の財産であり、相続放棄の手続きをしても受け取ることが可能です。
ただし、交通死亡事故による損害賠償の額については、保険会社の基準と裁判所の基準とで、大きな差が生じる場合があります。相続放棄をしないで裁判を通して損害賠償を請求したほうが、手元に残るものが多いかもしれません。保険会社から提示された賠償金をそのまま信じるのではなく、交通事故を得意とする弁護士に相談し、相続放棄をしなかった場合に受け取れる賠償金総額と故人が残した相続債務の額を十分に比較検討の上、相続放棄するかしないかの結論を出すようにしてください。
【Reference】
家庭裁判所の相続放棄と交通死亡事故の損害賠償金についての考え方は、基本的には上記【answer】の通りです。
しかし、保険金請求との関係で複雑な点もありますので、若干補足します。
自賠責と相続放棄
自賠責保険(共済)は、交通事故による被害者を救済するため、加害者が負うべき経済的な負担を補てんすることにより、基本的な対人賠償を確保することを目的とする強制保険です。原動機付自転車(原付)を含むすべての自動車に加入が義務付けられています。補償対象は人身損害だけです。
自動車保険は通常、加害者が被保険者で、被害者は被保険者ではありません。したがって保険会社に保険金を請求できるのは、原則として被保険者である加害者のみです。
「加害者が被害者に損害賠償金を支払い、加害者自身が払えない部分については保険会社に補てんしてもらう。」
これが自動車保険の本来の姿です。
しかし、自賠責保険は、被害者救済を目的とした強制保険です。そこで、加害者が任意保険に加入していない等、十分な賠償を受けることができない場合に、最低限の賠償を被害者自ら加害者が加入している自賠責に請求する制度が設けられています。これが被害者請求です(自動車損害賠償保障法第16条)。
さて、この被害者請求をした場合、これが単純承認とみなされて相続放棄できなくなるのかどうか、という問題点があります。
これについては、「自動車損害賠償保障法第16条1項による自賠責保険金請求権は相続財産であり、相続人がこれを行使して保険金を受領したことは法定単純承認にあたる」とした事例もあります(京都地判昭和53年9月18日交民集11巻5号1345頁)。
治療費や逸失利益等もまとめて請求すれば、相続を承認したとみなされても仕方がありません。
しかし、自賠責は支払い基準が定型・定額化されていて、死亡による損害の中には「遺族の慰謝料」が決められています。
遺族(請求権者)1人 : 550万円
遺族(請求権者)2人 : 650万円
遺族(請求権者)3人以上 : 750万円
被害者に被扶養者がいる場合は、上記金額に200万円を加算(以上、平成26年4月時点)
これは遺族固有の権利ですので、相続放棄した場合でも受け取ることができます(参考:最高裁平成12年03月09日民集54巻3号960頁。この裁判の事例では、相続放棄した妻子が遺族の慰謝料を自賠責から受け取っています)。
搭乗していた自動車の保険から死亡保険金が下りた場合(搭傷・自損)
搭乗していた自動車の保険から死亡保険金が下りる場合があります。代表的なのは搭乗者傷害保険や自損事故保険です。
搭乗者傷害保険とは、保険契約対象の自動車に搭乗中の人(運転者も含む)が、自動車事故により事故の発生日から180日以内に死傷した場合に、死亡保険金や後遺障害保険金、医療保険金等が支払われるものです。
自損事故保険とは、保険契約対象の自動車に搭乗中の人が、ガードレールへの衝突のような自損事故で死傷した場合で、自賠責保険から保険金が支払われない場合に(死傷した人が運転者や自動車の所有者である場合など)、この保険から死亡保険金、後遺障害保険金、医療保険金等が支払われるものです。
上記の損害保険契約によって『死亡保険金』が支払われる場合、保険金受取人は「相続人」となっていることがほとんどだと思います。搭乗者傷害保険にしろ自損事故保険にしろ、被保険者は「契約自動車に搭乗中の人すべて」ですから、生命保険の死亡保険金のようにあらかじめ特定の人を受取人に指定しておくことはできないからです。
「法定相続人が受け取るものだから、相続放棄したら受け取れないのではないか?」と考えてしまいそうになりますが、これら損害保険契約による『死亡保険金』は、相続人固有の権利として、相続放棄しても受け取ることができるものです(搭乗者傷害保険につき、平成4年8月17日名古屋地裁判決)
これは生命保険契約のケースと考え方は同じです。Q080 生命保険金を受け取ったら相続放棄できないのかをご覧ください。
ただし、受傷者自身に支払われるべき『後遺障害保険金』や『医療保険金』を、相続放棄した者が請求してしまうと、相続を承認したことになって相続放棄できませんのでご注意ください。
人身傷害保険は?
人身傷害保険とは、保険契約対象の自動車や他の自動車に乗車中の自動車事故で本人(被保険者)等や同乗者が死亡・後遺障害・傷害を受けた際に、死亡保険金や後遺障害保険金、医療保険金等が支払われるものです。
乗車中の事故だけでなく、歩行中の自動車事故でも保険金がおります(乗車中に限定した商品もある)。
事故の相手方から十分な賠償を得られない場合に加入する、いわば自衛のための保険です(ただし、実際に受け取る金額は、逸失利益等を保険会社の基準で計算するので、1億の人身傷害に加入していても1億受け取れるわけではありません)。
この人身傷害保険も、死亡保険金の受取人が「相続人」である点で搭乗者傷害保険に類似しており、受取人固有の権利として相続放棄しても受け取れるものと考えられますが、今のところ裁判例は明確になっておらず、グレーゾーンです。
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