【Question】
先だって兄が他界しました。兄は独り者で子供がおらず、妹の私が相続人になっています。
預金などの相続財産よりも債務のほうが多いことがわかり、家裁で相続放棄しようと考えています。
そこで質問ですが、
(1)生前の入院費を私自身の預金をおろして支払ったら、相続を承認したことになるのですか?
(2)兄の預金を解約して生前の入院費に当てた場合はどうですか?
【Answer】
生前の入院費は、本来であれば亡くなったお兄様が支払うはずのものですから、相続債務として相続財産となります(Q011)。
法律上は、相続放棄するのであれば相続人が支払う必要はないのですが、それでもお世話になった病院には支払っておきたいと考えるのが人情でしょう。
(1)については、 相続債務の弁済(支払い)を相続人ご自身の財産でするわけですから、その行為は、当然民法921条1号の相続財産を処分したことにはなりません。相続放棄手続きにあたって支障をきたすことはないでしょう。
相続人固有の財産である死亡保険金で相続債務を弁済した事案で、この行為が相続財産の一部を処分したことにならないことは明らかであると示した控訴審決定があります(福岡高宮崎支決平成10年12月22日家月51巻5号49頁)。
しかし、(2)については微妙なところがあります。
民法921条1号では、相続人が相続財産の全部または一部を処分したときには、単純承認したものとみなされてしまいます。これは、相続の承認・放棄の態度を明確にする前に相続財産を処分したときには単純承認の意思があると考えるのが普通だからです。
そのため、被相続人名義の預貯金を解約してこれを被相続人の債務に充当した場合には、相続財産の処分にあたり、この行為を行った相続人は相続を承認したことになり、もはや相続放棄することはできない。これが原則です。
しかし、そもそも相続人は、限定承認または相続放棄するまでの間、その固有財産(自分自身の財産)を扱うのと同じ注意を払って相続財産を管理しなければならないという義務があります(民法918条1項)。そのため、相続財産の価値を維持する行為(保存行為)は、法定単純承認となる「相続財産の処分」からは除外されています(民法921条1号ただし書)。
支払期限の到来した債務を返済するということは、現金は減りますが返済義務も減ることになるので、全体でみればプラスマイナスゼロです。そう考えれば、相続財産で相続債務を返済する行為は保存行為であって民法921条1号の「相続財産の処分」にはあたらず、相続を承認したとみなされることはないとも、一応は言えるかもしれません。
とはいえ、「これが入院費でなく銀行借入金だったらどうか」「期限が来ていないのに繰り上げ返済してしまったらどうか」など、いろいろなケースを考えると危なっかしいのも事実です。
結論としては、家裁で相続放棄をするならば、
・相続財産を相続債務の支払いにあてるのは避ける
・入院費などを払うならば、相続人が自分の財産で払うようにする。
・けっきょく、遺産には手を触れないのが一番
ということが言えます。
そもそも入院費は、身内の方が保証人になっているケースが多いと思いますが。
ついでに、家裁で相続放棄をするならば、
・入院費だからといって、故人が加入していた「医療保険金」を請求してはいけません!
これはまさに相続財産ですから、法定単純承認になってしまいます。
(詳しくはQ080をごらんください。なお、「死亡保険金」は大丈夫です)。
・「高額療養費」の請求にも注意が必要です!
高額療養費は、故人が受給権者であるときは、請求してはいけません。
故人が世帯主(国保)・被保険者(健保の場合)には、還付される高額療養費は相続財産になってしまいます。相続放棄するならば請求できません。 なお、故人が世帯主や被保険者ではないならば、高額療養費を請求しても相続放棄できます。
【Reference】
法定単純承認 ~相続を承認したものとみなされてしまうケース~
自分から「相続を承認します」という意思を明らかにしなくても、他人から見たら相続を承認したような事実があれば、相続人は単純承認したものとみなされます。これを法定単純承認といい、次のような場合がこれにあてはまります(民法921条)。
(1)相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき
・「処分」には、相続財産の事実上の処分(例:取り壊し)と、法律上の処分(例:譲渡)の両方を含みます。 ・単に建物の修理のような遺産の値打ちを維持するだけの行為や、短期の賃貸借契約(たとえば土地なら5年、建物なら2年以内の期間の賃貸借契約)は除きます。
(2)相続人が相続放棄や限定承認の手続きを取らず、3ヶ月の熟慮期間(Q079)を過ぎたとき
(3)たとえ相続放棄や限定承認をした後でも、相続財産の全部または一部を、(a)隠したり、(b)債権者に隠れてこっそり消費したり、(c)隠すつもりで限定承認をしたときに作成する財産目録に載せなかったりしたとき
このようなケースにあてはまって法定単純承認が成立すれば、もはやその後に相続放棄することはできません。 たとえ熟慮期間中であったとしても、法定単純承認を生じさせた行為を撤回することは原則としてできず(民法919条1項)、相続人は無限に被相続人の権利義務を承継することになります(民法920条)。
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