Q095 判断能力が落ちていても遺言は書けるか

【Question】

このごろ母は物忘れ・置き忘れなどが多く、もしかして初期の認知症なのではないかと、私(長女)は心配しています。

私の末の弟(二男)は、母とも私たち姉兄とも、かなり以前から交流を絶っています。
そんなこともあって、私は、母に遺言を書いてくれるよう、以前から頼んでいました。

しかし、もしも母が認知症であると診断されたならば、遺言を書くことはできないのでしょうか。

 

【Answer】

仮にお母様が初期の認知症であるとしても、まったく遺言を書けないわけではありません。
物事にたいする一応の判断能力(意思能力)があるのならば、自筆で遺言書を書いてもただちに無効になるわけではありません。また、公証人も公正証書遺言作成に応じてくれます。

問題は、お母様が亡くなった後で、「遺言作成者は、遺言作成当時すでに認知症であり、意思能力のない状態で作成された遺言なので無効である」と主張して、遺言の効力を争ってくる相続人が現れてくることです。
お母様が認知症であるとすれば、遺言が有効か無効か、争いになる可能性は決して低くはありません。

そこで、できるだけ認知症の専門医にかかって診断をしてもらい、認知症かどうか診断をしてもらうべきです。
かかりつけのお医者さんでもいいのですが、専門医のほうが、紛争になったときの証拠力は高いです。

 

認知症ではないと診断されたならば、問題はありません。お元気なうちに遺言を作成するべきです。
この場合、なるべく公正証書遺言にすることをおすすめします。公証人と2名の証人が関与しますので、意思能力について争いになる可能性が低くなります。その際、診断書を公証人に提出しておけば、後日の証拠になるのでベストです。

 

もしも認知症であると診断されても、軽度であって意思能力があるならば、遺言を作れます。
こちらの場合には、自筆証書遺言は避け、必ず公正証書遺言にするべきです。自筆証書遺言では遺言者の意思能力を証明できません。公正証書遺言ならば公証人と2名の証人がいます。

また、認知症の方の遺言書は、内容を簡潔にするしかないでしょう。
たとえば、あるていど認知症が進行しているにもかかわらず、「土地をAに、○○銀行の預金をBに、それぞれ相続させる」という内容の遺言を作ったら、これは無効になる可能性が高くなります。このような内容の遺言は、「全ての財産をAに相続させる」というような単純な内容よりも、高度な意思能力が必要であると考えられるからです。

そのほか様々な手法で、意思能力があったという証拠を残しておく必要があります。
遺言を作れるかどうかは、結局は意思能力次第です。診断書を取ったうえで司法書士にご相談ください。

 

【Reference】

遺言を作成するためのハードルは低い

遺言は、ある人の最後の意思表示ですから、可能な限り尊重されなければなりません。

そこで民法の上では、
(1)未成年者でも15歳に達した者は、遺言をすることができる(民法961条。つまり親権者の同意は不要)。
(2)成年被後見人でも、事理を弁識する能力を一時回復した時には、2人以上の医師の立会いのもと、遺言をすることができる(民法973条)
とされているだけで、遺言を書く人がこれらにあてはまらなければ、法律上の制限はありません。

たとえ遺言者に保佐人・補助人がついていたとしても、その同意等は必要がありません(民法962条)。

 

意思能力だけは必要

しかし、遺言も意思表示の一つですから、事物に対する一応の判断能力意思能力)が必要であることはもちろんです。

意思能力がないのに書かれた遺言は、さすがに無効です。

認知症でも意思能力があると認められれば、公証人も公正証書遺言の作成を拒むことはできません。
さらに公正証書遺言の場合には証人も2人必要ですから、意思能力について争いになる可能性は、自筆証書遺言よりも公正証書遺言のほうがずっと低いことは間違いありません。

 

意思能力があるかどうかの基準は

認知症患者が激増し、2013年度に462万人を突破したとの厚生労働省の発表がありました。
遺言作成時の意思能力についての争いが、今後増加していくことは確実です。

遺言作成時の意思能力を客観的に判断するのはなかなか難しい問題ですが、よく裁判で引き合いに出されるのが、『長谷川式認知症スケール(HDS-R)』です。

認知症であるかどうかを診断するために行われるテストの一つで、30点満点中20点以下の場合に認知症の疑いがあるとされているものです。

長谷川式スケールは認知症の有無を判別する基準の一つにすぎず、得点による重症度の分類はしません。
しかし、点数が低いほど症状の重い傾向があることから、遺言作成時の意思能力が争いになった場合、それに近い時点で長谷川式スケールの検査を受けていれば、その検査結果が裁判において重要な資料のひとつになっていることは間違いありません。もしも10点以下ならば、遺言能力が認められる可能性は、非常にきびしくなります。

とはいえ、長谷川式スケールのようなスクリーニングテストの点数がすべてではありません。遺言作成時の状況や経緯、遺言の内容等を吟味したうえで結論が出されます。そのため、遺言の効力を争われるおそれがある場合には、意思能力があったことを証明するための資料を残しておくことが大切です。

(なお、長谷川式認知症スケールは、医師や臨床心理士等が使うか、あるいはその指導によって利用されるものとされています。一般人が利用しても正確さは期待できませんので、ご注意ください)

 

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2014年5月23日 | カテゴリー :