Q082 葬儀費用を払ってしまったが、相続放棄できるか(法定単純承認3)

【Question】

1ヶ月前に父が亡くなりました。

取り急ぎ父名義の郵便貯金302万円を解約して葬儀費用273万円にあてました。残金は墓石・仏壇の購入にあてようと思っておりました。
ところが昨日、A信用保証協会から、父に対する多額の求償債権が残っているという通知書が送られてきました。

家庭裁判所で相続放棄の手続きをしたいと思いますが、
(1)葬儀費用のために父の貯金を引き出したことは、法定単純承認になって相続放棄できないのですか?
(2)このまま墓石・仏壇を購入するのは、問題がありますか?

 

【Answer】

まず(1)の葬儀費用については、身分に相応しい程度の葬儀であれば、その費用を相続財産から支払う行為は「道義上必然」として、法定単純承認(現行民法921条1号)となる「相続財産の処分」にあたらないとした古い判決があります(東京控判昭和11年9月21日新聞4059号13頁)。

比較的最近では、家裁で相続放棄の申述をしたところ却下の審判がなされたために即時抗告をした事例の抗告審決定の中で、葬儀費用の支出については社会的儀式として必要性が高く、その時期を予測することは困難であり、葬儀を執り行うためには必ず相当額の支出を伴うものであるから、相続財産から葬儀費用を支出する行為は、法定単純承認たる「相続財産の処分」にあたらないとしたものがあります(大阪高決平成14年7月3日家月55巻1号82頁)。

被相続人の預貯金を解約したこと自体が「相続財産の処分」ですから、絶対に相続放棄できるとは断言できません。
しかし、葬儀費用が妥当な額であるならば、葬儀代を相続財産から支払っても相続放棄申述は受理されるものと考えていいと思います。受理されなければ即時抗告をして争うことになるでしょう。

 

いっぽう(2)の墓石・仏壇購入費用について、上記と同じ大阪高裁の決定はニュアンスが異なります。

同決定では、墓石や仏壇の購入は葬儀費用の支出とは事情が異なる面もあるとした上で、社会的にみて不相当に高額ではなく、不足分を相続人が自分で負担している等の事情がある場合には、相続財産の一部である貯金を解約して墓石・仏壇を購入したとしても「明白に法定単純承認たる「相続財産の処分」に当たるとは断定できない」とし、相続放棄の申述は受理するのが相当であるとしました。
墓石・仏壇の購入が、法定単純承認たる「相続財産の処分」に当たるとも言い切ってなければ、当たらないとも認めていない点に注意が必要です。

高裁としては、家庭裁判所での相続放棄申述については、はっきりと要件を満たしていないと断定できない限りは受理すべきだとしただけです。
墓石や仏壇の購入が「処分」にあたるかどうかは、結局のところ債権者との民事訴訟の中で白黒つけましょうね、と言っているにすぎません。
訴訟の中で債務者や相続人の経済状況等を具体的に突き詰めた結果、墓石・仏壇が不相当に高額と認定されて、「相続財産の処分にあたる」→「相続放棄の受理審判を取り消す」と結論付けられる可能性もあるわけです。

従いまして、相続財産から支出して墓石や仏壇を購入する行為は、不相当に高額でない等の事情があればセーフとなる可能性がありますが、100%大丈夫というわけではありません。結論的には「やめておいたほうが無難」です。

 

【Reference】

 

法定単純承認 ~相続を承認したものとみなされてしまうケース~

自分から「相続を承認します」という意思を明らかにしなくても、他人から見たら相続を承認したような事実があれば、相続人は単純承認したものとみなされます。これを法定単純承認といい、次のような場合がこれにあてはまります(民法921条)。

(1)相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき

・「処分」には、相続財産の事実上の処分(例:取り壊し)と、法律上の処分(例:譲渡)の両方を含みます。 ・単に建物の修理のような遺産の値打ちを維持するだけの行為や、短期の賃貸借契約(たとえば土地なら5年、建物なら2年以内の期間の賃貸借契約)は除きます。

(2)相続人が相続放棄や限定承認の手続きを取らず、3ヶ月の熟慮期間Q079を過ぎたとき

(3)たとえ相続放棄や限定承認をした後でも、相続財産の全部または一部を、(a)隠したり、(b)債権者に隠れてこっそり消費したり、(c)隠すつもりで限定承認をしたときに作成する財産目録に載せなかったりしたとき

このようなケースにあてはまって法定単純承認が成立すれば、もはやその後に相続放棄することはできません。 たとえ熟慮期間中であったとしても、法定単純承認を生じさせた行為を撤回することは原則としてできず(民法919条1項)、相続人は無限に被相続人の権利義務を承継することになります(民法920条)。

 

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