Q017 遺言で金銭債務を承継する相続人が指定されていたら

 

【Question】

父が2年前に亡くなりました。相続人は母、兄、私の3人です。 父の遺産は自宅の土地・建物(時価4,000万円)、アパートの土地・建物(時価8,000万円)、預貯金(2,000万円)がありましたが、アパート建築資金として銀行から借りたローンが6,000万円残っていました。
父は生前に遺言公正証書を書いておりまして、その内容は次のように財産を相続させるというものでした。

母:自宅の土地・建物(時価4,000万円)
兄:アパートの土地・建物(時価8,000万円)、ただしアパートローン全額(残6,000万円)を承継させる
私:預貯金(2,000万円)

遺産の名義変更も終わりホッとしていたところ、最近になって銀行から私に通知書が届き、アパートローンのうち1,500万円を支払うように求められました。 兄に確認したところ、どうやらほとんどローンの返済をしていないようです。 遺言で兄がアパートの土地・建物を相続する代わりにローンを承継することになっているのですから、私に支払い義務はないと思うのですが…

 

【Answer】

金銭債務のように分割できる債務(可分債務)は、相続と同時に当然に、法定相続分に応じて分割されます。
遺言書で特定の相続人に債務を承継させるという記載があったとしても、その遺言は債権者である銀行の関与なしに作成されたものですから、銀行は遺言の内容に拘束されません。
銀行は遺言の趣旨に従って全額をお兄様に請求することもでき、法定相続分で分割されたものとして各相続人に請求することもできるのです。

したがって、今回の銀行からの請求には応じなければなりません。
遺言でお兄様がアパートローンを承継することになっていても、それは相続人の間では有効ですが、銀行に対してその内容を主張することはできないのです。

このような遺言の記載内容を銀行に認めてもらうには、債権者である銀行も交えて、お兄様がローンを引き受けてお母様とあなたがローンから離脱する契約(免責的債務引き受け契約)を締結する必要があります。

『免責的債務引き受け契約』を銀行との間で締結していなければ、お父様が遺したローンについては法定相続分にしたがって分割した額を、各相続人が負担することになります。

そのため、銀行からの請求を拒むことはできませんが、あなたが銀行に支払った分は、遺言公正証書の記載内容に基づいてお兄様に求償することができます。

 

【Reference】

 

金銭債務を特定の相続人に承継させる遺言がある場合

死亡により相続が開始すると、故人の債務は法律上当然に分割され、各共同相続人がその法定相続分に応じて承継するというのが一貫した判例の考え方です(詳しくは『借金も相続財産になるのか』をご覧ください)。

ご相談者のように、特定の相続人に金銭債務すべてを承継させる内容の遺言があった場合でも、債権者に対してはそれを主張することはできません。

それはなぜなのでしょうか?

もしもこのような遺言が債権者に対しても有効となってしまうとすれば、資力のない相続人に債務をすべて負担させ、その他の相続人がプラスの財産を相続させることができてしまいます。それでは債権者はたまったものではないからです。

だからと言って、このような遺言の内容が無効というわけではありません。遺言の中で誰かが債務を引き受けるという記載があれば、それは相続人の間では有効です。 そのため、債権者の取り立てに応じて債務を返済した相続人は、債務を承継することになっている相続人に対して返してくれるように請求できます。これを『求償』といいます。

相続税対策としてアパートを建築したり、故人が事業を営んでいたりすると、遺産の中に借入金がある場合が少なくありません。プラスの財産については、遺言があればその趣旨に従って相続手続きを進めることになりますが、同時にマイナスの財産である借入金も適切に処理する必要があることはもちろんです。

このような場合には、相続発生後に債権者の承諾を得て、『免責的債務引き受け契約』を締結します。そうすれば、債権者が他の相続人に返済を求めることはできなくなります。 ただし、債務を引き受ける相続人に資力があるかどうか、債権者による審査が入ります。

全財産を特定の相続人に相続させる内容の遺言があるが、債務について記載がない場合

全財産を特定の相続人に相続させるという内容の遺言は、実務上多くあります。
このような遺言がある場合で、もしも遺言書には記載されていない多額の借入れがあったら、どうなるのでしょうか?

もし、債務については原則どおり法定相続分で分割されてしまうとすれば、遺産の相続を受けない相続人は借入金だけを負担することになってしまいます。

しかし、故人の意思としては、プラスの財産だけではなくマイナスの財産も含むすべてを特定の相続人に承継させる意図であっただろうと推測することができます。

そこで最高裁では、遺言書にプラスの財産について特定の相続人に相続させるという記載しかない場合、特殊な事情がない限り、マイナスの財産であるすべての債務を同じ相続人に負担させるものと解釈するという判断をしました。

この場合でも、債権者から請求を受けたならば各相続人はそれに応じる義務があるという点は本事例と同じですが、遺言に債務に関する記載がなくても、各自が支払った部分は全財産を相続する相続人に求償できることになりました。比較的最近の最高裁判例ですが、明快かつ画期的な判断だと思います。

平成21年3月24日最高裁判決
相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解するべきであり、これにより、相続人間においては、当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。
もっとも、上記遺言による相続債務についての相続分の指定は、相続債務の債権者(相続債権者)の関与なくされたものであるから、相続債権者にはその効力が及ばないものと解するのが相当であり、相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには、これに応じなければならず、指定相続分に応じて相続債務を承継したことを主張することはできないが、相続債権者の方から相続債務についての相続分の指定の効力を承認し、各相続人に対し、指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられない」

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