【Question】
先日、父が他界しました。
相続人は、配偶者である私の母の他、長男である私だけなのですが、母は認知症の症状が進み、私が母の成年後見人です。
遺産相続については、債務(マイナスの遺産)が資産(プラスの遺産)より多いので、次の二つの方法を検討しています。
(1)私も母も二人で相続放棄する
(2)私が一人で資産も負債も相続し、母だけ相続放棄させる
それぞれどのように手続きをすすめればいいのでしょうか。
【Answer】
(1)の場合、あなたがお母様の法定代理人(成年後見人)ですから、あなたご自身とお母様の相続放棄の手続きは、あなたおひとりですべて行うことができます。
(2)の場合、被後見人であるお母様が相続放棄をすることによって、後見人であるあなたご自身の相続分が増加するという関係にあります。 このような関係にある状態でお母様の相続放棄手続きをすると『利益相反行為』(民法860条・826条1項)にあたってしまいます。
利益相反関係にない後見監督人がいるならば、その後見監督人が被後見人の相続放棄をすることができますが、後見監督人が選任されていないならば、前提として特別代理人の選任を家庭裁判所に求め、そこで選任された特別代理人がお母様の相続放棄をすることになります。
【Reference】
成年被後見人・被保佐人・被補助人の相続放棄手続きと熟慮期間
成年後見制度を利用している本人が家庭裁判所の相続放棄手続きを利用する場合、次のような形で相続放棄の申述をします。
(a)被後見人の場合:法定代理人である成年後見人が本人を代理して相続放棄の申述をします。
(b)被保佐人の場合:被保佐人自身が相続放棄の申述をすることができるが、その際に保佐人の同意を必要とします(民法13条)。
(保佐人に代理権が付与されている場合には、この限りではありません)
(c)被補助人の場合:被補助人自身が単独で相続放棄の申述をすることができます。
(被補助人に同意権や代理権が付与されている場合には、この限りではありません)
(a)の場合(つまり成年被後見人が相続放棄する場合)、被後見人のために相続の開始があったことを、その成年後見人が知った時から、相続放棄することができる3ヶ月の熟慮期間がスタートします(民法917条)。 通常、熟慮期間は”本人”が知った時からスタートしますが、被後見人の場合はその法定代理人に十分な検討期間を与える必要があるため、例外が設けられているのです。
ただし、この例外があるのは(a)の場合だけで、(b)の被保佐人や(c)の被補助人には適用がありませんのでご注意ください。
利益相反行為と特別代理人
前記のように、成年被後見人の相続放棄の手続きは成年後見人が代理して行うことになるわけですが、親族が成年後見人になっていると、今回のご相談のように被後見人と後見人とが共同で相続人になるケースが少なくありません。
この状態で、もしも成年後見人が被後見人に相続放棄をさせつつ自分自身は相続を承認するような場合、形式上は成年後見人側の相続分が増加することになります。
このような状態で被後見人だけの相続放棄手続きをすると、これは『利益相反行為』にあたるため、次のどちらかの方法で成年被後見人の相続放棄手続きをすることになります。
(1)利益相反関係にない後見監督人がいる場合、その関与によって相続放棄をする。
(2)民法860条・826条1項の『特別代理人』を選任し、その関与によって相続放棄をする。
利益相反行為に当たるかどうかは、成年後見人の意図は考慮せずに判断します。 たとえば、成年後見人が故人のローンをすべて引き受け、被後見人には負担をかけたくないという意図で被後見人だけ相続放棄させようとする場合でも、形式的には利益相反行為となるため、後見監督人または特別代理人の関与が必要とされています。
なお、本人と被保佐人とが利益相反関係にある場合には、保佐監督人または臨時保佐人の関与が必要となります。
補助の場合でも、相続放棄についての代理権または同意権が補助人に与えられていて、本人と被補助人とが利益相反関係にある場合には、補助監督人または臨時補助人の関与が必要です。
逆に、次のような場合には、被後見人と後見人とが共同相続人である場合でも利益相反行為となりません。 特別代理人を選任しないで、成年後見人が被後見人を代理して相続放棄の手続きをすることが可能です(昭和53年2月24日最高裁判決)。
(a)被後見人と同時に、成年後見人も一緒に相続放棄の申述をするケース
(b)成年後見人自身が先に相続放棄した後に、被後見人が相続放棄するケース
厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂厂
厂厂厂厂
厂厂厂 ©司法書士法人ひびき@埼玉八潮三郷
厂厂
厂 無断転載禁止