Q077 相続を『承認』するための手続きは?

【Question】

母が他界したので、相続の手続きについて本を読んで調べてみたところ、「3ヶ月以内に相続の承認・放棄をしなければならない」と書いてありました。

母には特に借金などはないので、普通に相続を承認したいと思います。

けれども、私の本には、「相続放棄の手続きは家庭裁判所で行います」としか書いてありません。相続を『承認』する手続きも家庭裁判所で行うのですか?

 

【Answer】

単に相続を承認するだけならば、何も手続きは必要ありません。
もちろん、家庭裁判所に行く必要もありません。

 

【Reference】

相続の『単純承認』

ある人が亡くなると、遺産の相続が行われます。
相続が行われると、被相続人に関わる一切の権利や義務が、すべて相続人に引き継がれることになります。
プラスの財産はもちろん、借金などのマイナスの財産も引き継がれるわけです。

遺産相続は、相続人が「自分が相続人となったこと」を知っているかどうかに関係なく行われます。
また、相続したいかどうかという、相続人の意思とは無関係に行われます。

しかし、故人が残した財産よりも借金のほうが多い場合のように、義務のほうが権利よりも多ければ、相続人にとって、遺産相続は迷惑この上ない話です。また、プラスの財産のほうが多い場合でも、さまざまな事情によって「相続したくない」という場合もあります。

このような事情を考慮して、相続人は相続を拒絶することができるようになっています。それが『相続放棄』です。
債権者などの利害関係人に与える影響が大きいので、『相続放棄』には一定の手続きが必要とされています。

『相続放棄』をしないならば、自動的に相続を承認(単純承認といいます)したことになります。したがいまして、単純に遺産を相続する場合、すなわち『相続の承認』をする場合には、特別な手続きは必要なく、何もしなければ相続を単純承認したことになります

 

『限定承認』というものもある

相続の承認には、前記の単純承認の他に、もうひとつの方法があります。

相続はするけれども、借金などのマイナスの遺産については被相続人がのこしたプラスの遺産の中でだけ清算し、プラスの遺産を超える借金については責任は取りません」という方法で、これを『限定承認』と言います。

限定承認では、プラスの遺産のほうがマイナスの遺産よりも多ければ清算後の残りは相続人のものになり、マイナスの遺産のほうが多かったとしても相続人が自腹を切る必要はありません。
相続放棄と同様に、債権者などの利害関係人に与える影響が大きいので、『限定承認』にも一定の手続きが必要です。

限定承認は遺産がプラスかマイナスかがわからない場合に有効ですが、手続きが非常に複雑で、税金の面にも注意が必要です。使いにくい制度であるために、現実にはあまり利用されていません。

 

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Q078 他界した身内の借金が、自分に降りかかってきたら (相続放棄)

【Question】

1年近く前に、兄が他界しています。
先週、ある消費者金融から私に、他界した兄が残した借金を支払ってほしいという内容の督促状が届きました。
びっくりして兄の子である甥に電話したところ、めぼしい遺産が無く多額の借金を残していたので、家庭裁判所で相続放棄の手続きをしていたとのことでした。

私は兄の借金を肩代わりしないといけないのでしょうか。

 

【Answer】

あなたもすぐに家庭裁判所で相続放棄の手続きをすれば、借金を負わずに済みます。
なお、手続きをする裁判所は、甥っ子さんが手続きをした所と同じ家庭裁判所(被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所)になります。遠方の場合には郵送でも手続きができますので、お近くの司法書士にご相談ください。

 

【Reference】

相続放棄の手続きと『熟慮期間』

ご相談者の事例のように遺産が借金しかない場合や、プラスの相続財産よりマイナスの相続財産が多い場合には、相続開始地(被相続人の最後の住所地)の家庭裁判所で『相続放棄』の手続きをし、これを受理する審判を得ることによって、その相続については初めから相続人とならなかったものとみなされ、支払い義務を免れることができます。

債権者に『相続放棄します』という内容証明を送っても効果はありません。必ず家庭裁判所の手続きが必要ですのでご注意ください。

相続放棄をするかしないかは、他に共同相続人がいたとしても、各自が自由に決めることができます。
そのため単独で手続きをすることができます

相続放棄は相手方である債権者(本事例では消費者金融会社)に与える影響が大きいので、手続きをすることができる期間に制限があり、自己のために相続があったことを知った時から3ヶ月以内に、相続を承認するのかそれとも相続放棄するのかを決めなければなりません(この3ヶ月の期間を『熟慮期間』とか『考慮期間』といいます)。

もし3ヶ月以内に決断できない事情があれば期間延長の申立てをする方法があり、また3ヶ月経過してしまっても事情によっては相続放棄を受理される可能性もあります。司法書士に相談してみてください。

注意点としては、相続放棄の手続きをする場合は、他の相続財産には手をつけないようにしてください
相続放棄をする前に遺産の一部を処分(たとえば預金の解約や遺産の売却)すると相続を承認したことになり、相続放棄ができなくなります(法定単純承認、民法921条1項)。

 

相続放棄の効力

(1)相続放棄が認められると、初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。

たとえば、次のケースで考えてみましょう。

相続人 配偶者と子

この場合、通常は配偶者に2分の1、長女と長男にそれぞれ4分の1の法定相続分があります。

ここで長女が相続放棄の手続きをしたら、相続開始時から配偶者と長男だけが相続人だったことになります。法定相続分は配偶者が2分の1、長男が2分の1になります。

また、長女と長男の両方が相続放棄の手続きをしたら、配偶者だけが相続人となるのではありません相続開始時から子がいなかったものとみなされ、第2順位の相続人である故人の父母(直系尊属)が、配偶者とともに相続人となります。法定相続分は配偶者が3分の2、故人の父母(直系尊属)が3分の1です。(相続人・相続順位についてはQ003)。

 

(2)相続放棄をすると、初めから相続人でなかったとみなされるため、手続きをした人に子がいる場合でも代襲相続にはなりません(Q005)

 

(3)『死亡保険金』『死亡退職金』『遺族年金』『香典』は、相続人固有の財産ですので、相続放棄しても受け取ることができます。

 

事例にあてはめてみると・・・

今回の事例では、お兄様が亡くなってから1年近く経過しています。
熟慮期間の3ヶ月はとうに過ぎているようにも見えます。それでも相続放棄をできるのでしょうか?

お兄様には子がいるので、弟であるご相談者の方は、そもそも相続人ではありませんでした。
第一順位の相続人(故人の子)全員が家庭裁判所で相続放棄をしたことによって、第三順位の相続人である兄弟姉妹が相続人に繰り上げ当選したと考えられます(第二順位の直系尊属はすでに死亡していたため)。

熟慮期間は、『自己のために相続があったことを知った時』からカウントされますから、ご相談者の熟慮期間は消費者金融からの督促状を受け取った日からスタートし、この日から3ヶ月以内に相続放棄の手続きをすればセーフです。
督促状を受け取ったのが先週ですから、まだ大丈夫です。

 

 

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Q079 死亡後3ヶ月を過ぎても、相続放棄できるか

【Question】

1年前に死亡した父のことで相談します。

父は母と20年前に離婚して家を出ていき、私とはそれ以来ずっと音信不通でした。
昨年父が亡くなったと聞きました。相続人は私一人だけです。
遺産は時価800万円にも満たない中古マンションくらいで、同居していた女性にそのマンションを遺贈するという遺言があったのでそのとおりにし、遺留分なども請求しませんでした。

ところが先週、ある金融機関から内容証明が届きました。それによると、父は古くからの友人が金銭の借り入れをするときに保証人になっていたとのことで、借主が返済できなくなったので、保証人の相続人である私に1,300万円を支払えというものでした。

今からでも相続放棄したいのですが、できるでしょうか。

 

【Answer】

できる可能性はあります。まずはあきらめずに家庭裁判所に相続放棄を申し立ててみてください。
もしも却下されたら、高等裁判所に即時抗告してみてください。あきらめるのはまだ早いです。

 

【Reference】

相続放棄は、相続人が、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内にしなければなりません(民法915条1項)。この期間のことを『熟慮期間』と呼んでいます(『考慮期間』ともいいます)。

3ヶ月以内にしないと故人の負債を相続人がまるまる引き継ぐことになります(法定単純承認。民法921条2項)。
そこで、「自己のために相続の開始があったことを知った時」がいつの時点なのかが大きなポイントになります。

原則は、『故人の死亡』と『自分が相続人であること』を、両方とも知った時

この「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、次の両方の事実を知った時からスタートします(一般的な相続の場合)。
(1)故人(被相続人)が死亡した事実
(2)自分が相続人であるという事実

すると、家族が集まって故人を看取ったような場合には、その亡くなった日から熟慮期間がスタートすることになります。
昔は、このように厳格に解釈されていました。

しかしこれでは、今回のご相談のように、後になってから相続人が知らない多額の借入金や保証債務が出てきたときに、どうしようもなくなってしまいます。債権者の中には熟慮期間が過ぎるのを待って、それから相続人に督促をかける悪質な金融業者も存在したので、このような厳しい法律の運用は、強く批判されていました。

 

最高裁が例外を認めた

批判を受けて最高裁は、熟慮期間に関する解釈をゆるめる判決を出しました(昭和59年4月27日)。

次の条件すべてをクリアした場合には、「相続人が相続財産の全部または一部の存在を認識したとき」から熟慮期間がスタートするという基準を出したのです。

(a)相続人が、相続財産がまったく存在しないと信じたこと
(b)被相続人と相続人が長い間音信不通であった等、相続財産の調査がいちじるしく困難だったために、(a)のように信じる相当の理由がある場合

 

ご相談の事例では

ご相談の事例では、最高裁の基準を満たしていれば内容証明を受け取った時から熟慮期間がスタートすると言えそうですが、ご相談者は相続財産として中古マンションがあることを知っていますから、前記(a)の条件を満たしていません。
しかし、債務の存在を知らなかったために相続放棄することができなかった(知っていたら相続放棄していただろう)という点では変わりがありません。

この点で、上記の最高裁判決の後、各地の裁判所ではさらに基準を緩める判断がなされています。相続財産の一部を知っていた場合でも、すべての相続財産を他の相続人が取得するとの合意が生前からあって自分が相続する財産が無いと信じていたというようなケースでは相続放棄が認められたことがあります。

したがいまして、ご相談のようなケースでも、相続放棄の申立てをしてみる価値は十分にあります。

 

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Q080 生命保険金を受け取ったら相続放棄できないのか(法定単純承認1)

【Question】

先月夫が亡くなりました。
夫は、自分に万一があったときの事を考えて、妻である私を受取人とする郵便局の簡易保険(死亡保険)に加入していました。

夫が亡きあとの日々の生活費に不安があったので、葬儀後さっそく郵便局で保険金を請求し、受け取った保険金200万円の一部を生活費に充ててしまいました。

ところが、夫はこれと言った遺産も残さなかったのに、総額で600万円もの債務を負っていたことがわかりました。急いで相続放棄の手続きをしたいと考えていますが、遺産を使ってしまうと相続放棄できないと聞き、とても不安です。

 

【Answer】

保険契約の内容からすれば、この保険金はご主人の遺産(相続財産)ではなく、あなた自身の財産です。
そのため、保険金を受け取って一部を使ってしまったとしても、相続放棄の手続きをすることが可能です。

 

【Reference】

法定単純承認 ~相続を承認したものとみなされてしまうケース~

自分から「相続を承認します」という意思を明らかにしなくても、他人から見たら相続を承認したような事実があれば、相続人は単純承認したものとみなされます。これを法定単純承認といい、次のような場合がこれにあてはまります(民法921条)。

(1)相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき

・「処分」には、相続財産の事実上の処分(例:取り壊し)と、法律上の処分(例:譲渡)の両方を含みます。
・単に建物の修理のような遺産の値打ちを維持するだけの行為や、短期の賃貸借契約(たとえば土地なら5年、建物なら2年以内の期間の賃貸借契約)は除きます。

(2)相続人が相続放棄や限定承認の手続きを取らず、3ヶ月の熟慮期間Q079を過ぎたとき

(3)たとえ相続放棄や限定承認をした後でも、相続財産の全部または一部を、(a)隠したり、(b)債権者に隠れてこっそり消費したり、(c)隠すつもりで限定承認をしたときに作成する財産目録に載せなかったりしたとき

このようなケースにあてはまって法定単純承認が成立すれば、もはやその後に相続放棄することはできません。
たとえ熟慮期間中であったとしても、法定単純承認を生じさせた行為を撤回することは原則としてできず(民法919条1項)、相続人は無限に被相続人の権利義務を承継することになります(民法920条)。

 

生命保険金を受け取って使ってしまった場合

生命保険金を受け取って使ってしまったケースでは、まず保険契約の内容を確認し、受取人が誰かを確認します。
そして、受け取った保険金が相続財産になるかどうかで、法定単純承認が成立するかどうかを判断します。
(『Q012 死亡保険金は相続財産として遺産分割の対象となるのか』もあわせてご覧ください)

(1)故人が受取人になっている場合

この場合には保険金は相続財産の一部になります。このタイプの保険金を相続人が受け取ると相続を承認したものとみなされて相続放棄することはできません。逆にいえば、相続放棄した場合には、このタイプの保険金を受け取ることはできません。

医療保険の入院・通院給付金、後遺障害保険金などが、このタイプの保険金に該当します。

 

(2)保険金受取人が『特定の人』になっている場合

この場合には保険金は相続財産にならず、受取人固有の財産となります。このタイプの保険金を相続人が受け取った場合でも、相続放棄をすることができます。逆にいえば、相続放棄した場合でも、このタイプの保険金を受け取ることができます。

いわゆる『死亡保険金』は、最近ではこのような契約になっています。

 

(3)保険金受取人が単に『相続人』となっている場合

この場合にも保険金は相続財産にならず、各相続人が固有の保険金請求権を持つことになりますので、(2)と同じになります。

 

結局、遺産になるかならないかで判断する

生命保険金以外にも、受け取った金銭等が相続財産を構成せず、受取人固有の財産になるものがあります。
たとえば『死亡退職金』『弔慰金』『公的遺族年金』がこれに該当します。

これらを受け取ったとしても相続を承認したとみなされることはなく、相続放棄することが可能です。逆にいえば、相続放棄したとしてもこれらを受け取ることができます

 

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Q081 遺産を早く売却して、故人の借金を清算したい(法定単純承認2)

【Question】

先週、父が他界しました。
母はすでに亡くなっており、相続人は私一人だけです。

父は事業をしていたので、その結果かかえた負債を分割して支払っていました。
父の居宅を売却すれば負債の大半を一気に清算することができるので、名義変更をして売却したいと思います。
不動産の相続登記をしないと売却できないと聞いたので、大至急、相続登記をお願いしたいのですが。

なお、私は親元からは自立しているので、実家がなくなっても困ることはありません。

 

【Answer】

お父様の居宅を売却して借金返済にあて、それでも負債が残るくらいであれば、家庭裁判所での相続放棄手続きをすることをおすすめします。
家裁で相続放棄するだけで、お父様の借金はもちろん、遺産の売却などの様々な義務からさっぱり免れることができます。固定資産税や譲渡所得税もいっさい支払う必要はありません。

もしも遺産を売却してしまうと相続を承認したことになり、相続放棄できません。

なお、あなたが相続放棄すれば、初めからあなたは相続人でなかったことになり、お父様のご両親が相続人に繰り上がります
お父様のご両親がすでに他界されていれば、お父様のごきょうだいが相続人に繰り上がります(Q078をご参照ください)。

そのため、あなたが相続放棄が家庭裁判所で受理されたら、繰り上がった相続人にすみやかに相続放棄の手続きをするようにうながすといいでしょう。

 

【Reference】

法定単純承認 ~相続を承認したものとみなされてしまうケース~

自分から「相続を承認します」という意思を明らかにしなくても、他人から見たら相続を承認したような事実があれば、相続人は単純承認したものとみなされます。これを法定単純承認といい、次のような場合がこれにあてはまります(民法921条)。

(1)相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき

・「処分」には、相続財産の事実上の処分(例:取り壊し)と、法律上の処分(例:譲渡)の両方を含みます(したがって、遺産を売却すると相続を承認したとみなされます)。
・単に建物の修理のような遺産の値打ちを維持するだけの行為や、短期の賃貸借契約(たとえば土地なら5年、建物なら2年以内の期間の賃貸借契約)は除きます。

(2)相続人が相続放棄や限定承認の手続きを取らず、3ヶ月の熟慮期間Q079を過ぎたとき

(3)たとえ相続放棄や限定承認をした後でも、相続財産の全部または一部を、(a)隠したり、(b)債権者に隠れてこっそり消費したり、(c)隠すつもりで限定承認をしたときに作成する財産目録に載せなかったりしたとき

このようなケースにあてはまって法定単純承認が成立すれば、もはやその後に相続放棄することはできません。 たとえ熟慮期間中であったとしても、法定単純承認を生じさせた行為を撤回することは原則としてできず(民法919条1項)、相続人は無限に被相続人の権利義務を承継することになります(民法920条)。

 

 

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Q082 葬儀費用を払ってしまったが、相続放棄できるか(法定単純承認3)

【Question】

1ヶ月前に父が亡くなりました。

取り急ぎ父名義の郵便貯金302万円を解約して葬儀費用273万円にあてました。残金は墓石・仏壇の購入にあてようと思っておりました。
ところが昨日、A信用保証協会から、父に対する多額の求償債権が残っているという通知書が送られてきました。

家庭裁判所で相続放棄の手続きをしたいと思いますが、
(1)葬儀費用のために父の貯金を引き出したことは、法定単純承認になって相続放棄できないのですか?
(2)このまま墓石・仏壇を購入するのは、問題がありますか?

 

【Answer】

まず(1)の葬儀費用については、身分に相応しい程度の葬儀であれば、その費用を相続財産から支払う行為は「道義上必然」として、法定単純承認(現行民法921条1号)となる「相続財産の処分」にあたらないとした古い判決があります(東京控判昭和11年9月21日新聞4059号13頁)。

比較的最近では、家裁で相続放棄の申述をしたところ却下の審判がなされたために即時抗告をした事例の抗告審決定の中で、葬儀費用の支出については社会的儀式として必要性が高く、その時期を予測することは困難であり、葬儀を執り行うためには必ず相当額の支出を伴うものであるから、相続財産から葬儀費用を支出する行為は、法定単純承認たる「相続財産の処分」にあたらないとしたものがあります(大阪高決平成14年7月3日家月55巻1号82頁)。

被相続人の預貯金を解約したこと自体が「相続財産の処分」ですから、絶対に相続放棄できるとは断言できません。
しかし、葬儀費用が妥当な額であるならば、葬儀代を相続財産から支払っても相続放棄申述は受理されるものと考えていいと思います。受理されなければ即時抗告をして争うことになるでしょう。

 

いっぽう(2)の墓石・仏壇購入費用について、上記と同じ大阪高裁の決定はニュアンスが異なります。

同決定では、墓石や仏壇の購入は葬儀費用の支出とは事情が異なる面もあるとした上で、社会的にみて不相当に高額ではなく、不足分を相続人が自分で負担している等の事情がある場合には、相続財産の一部である貯金を解約して墓石・仏壇を購入したとしても「明白に法定単純承認たる「相続財産の処分」に当たるとは断定できない」とし、相続放棄の申述は受理するのが相当であるとしました。
墓石・仏壇の購入が、法定単純承認たる「相続財産の処分」に当たるとも言い切ってなければ、当たらないとも認めていない点に注意が必要です。

高裁としては、家庭裁判所での相続放棄申述については、はっきりと要件を満たしていないと断定できない限りは受理すべきだとしただけです。
墓石や仏壇の購入が「処分」にあたるかどうかは、結局のところ債権者との民事訴訟の中で白黒つけましょうね、と言っているにすぎません。
訴訟の中で債務者や相続人の経済状況等を具体的に突き詰めた結果、墓石・仏壇が不相当に高額と認定されて、「相続財産の処分にあたる」→「相続放棄の受理審判を取り消す」と結論付けられる可能性もあるわけです。

従いまして、相続財産から支出して墓石や仏壇を購入する行為は、不相当に高額でない等の事情があればセーフとなる可能性がありますが、100%大丈夫というわけではありません。結論的には「やめておいたほうが無難」です。

 

【Reference】

 

法定単純承認 ~相続を承認したものとみなされてしまうケース~

自分から「相続を承認します」という意思を明らかにしなくても、他人から見たら相続を承認したような事実があれば、相続人は単純承認したものとみなされます。これを法定単純承認といい、次のような場合がこれにあてはまります(民法921条)。

(1)相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき

・「処分」には、相続財産の事実上の処分(例:取り壊し)と、法律上の処分(例:譲渡)の両方を含みます。 ・単に建物の修理のような遺産の値打ちを維持するだけの行為や、短期の賃貸借契約(たとえば土地なら5年、建物なら2年以内の期間の賃貸借契約)は除きます。

(2)相続人が相続放棄や限定承認の手続きを取らず、3ヶ月の熟慮期間Q079を過ぎたとき

(3)たとえ相続放棄や限定承認をした後でも、相続財産の全部または一部を、(a)隠したり、(b)債権者に隠れてこっそり消費したり、(c)隠すつもりで限定承認をしたときに作成する財産目録に載せなかったりしたとき

このようなケースにあてはまって法定単純承認が成立すれば、もはやその後に相続放棄することはできません。 たとえ熟慮期間中であったとしても、法定単純承認を生じさせた行為を撤回することは原則としてできず(民法919条1項)、相続人は無限に被相続人の権利義務を承継することになります(民法920条)。

 

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Q083 故人の入院費を支払った。相続放棄できる?(法定単純承認4)

【Question】

先だって兄が他界しました。兄は独り者で子供がおらず、妹の私が相続人になっています。

預金などの相続財産よりも債務のほうが多いことがわかり、家裁で相続放棄しようと考えています。

そこで質問ですが、
(1)生前の入院費を私自身の預金をおろして支払ったら、相続を承認したことになるのですか?
(2)兄の預金を解約して生前の入院費に当てた場合はどうですか?

 

【Answer】

生前の入院費は、本来であれば亡くなったお兄様が支払うはずのものですから、相続債務として相続財産となります(Q011)。
法律上は、相続放棄するのであれば相続人が支払う必要はないのですが、それでもお世話になった病院には支払っておきたいと考えるのが人情でしょう。

(1)については、 相続債務の弁済(支払い)を相続人ご自身の財産でするわけですから、その行為は、当然民法921条1号の相続財産を処分したことにはなりません。相続放棄手続きにあたって支障をきたすことはないでしょう。
相続人固有の財産である死亡保険金で相続債務を弁済した事案で、この行為が相続財産の一部を処分したことにならないことは明らかであると示した控訴審決定があります(福岡高宮崎支決平成10年12月22日家月51巻5号49頁)。

 

しかし、(2)については微妙なところがあります。

民法921条1号では、相続人が相続財産の全部または一部を処分したときには、単純承認したものとみなされてしまいます。これは、相続の承認・放棄の態度を明確にする前に相続財産を処分したときには単純承認の意思があると考えるのが普通だからです。

そのため、被相続人名義の預貯金を解約してこれを被相続人の債務に充当した場合には、相続財産の処分にあたり、この行為を行った相続人は相続を承認したことになり、もはや相続放棄することはできない。これが原則です。

しかし、そもそも相続人は、限定承認または相続放棄するまでの間、その固有財産(自分自身の財産)を扱うのと同じ注意を払って相続財産を管理しなければならないという義務があります(民法918条1項)。そのため、相続財産の価値を維持する行為(保存行為)は、法定単純承認となる「相続財産の処分」からは除外されています(民法921条1号ただし書)。
支払期限の到来した債務を返済するということは、現金は減りますが返済義務も減ることになるので、全体でみればプラスマイナスゼロです。そう考えれば、相続財産で相続債務を返済する行為は保存行為であって民法921条1号の「相続財産の処分」にはあたらず、相続を承認したとみなされることはないとも、一応は言えるかもしれません。

とはいえ、「これが入院費でなく銀行借入金だったらどうか」「期限が来ていないのに繰り上げ返済してしまったらどうか」など、いろいろなケースを考えると危なっかしいのも事実です。

結論としては、家裁で相続放棄をするならば
・相続財産を相続債務の支払いにあてるのは避ける
・入院費などを払うならば、相続人が自分の財産で払うようにする。
・けっきょく、遺産には手を触れないのが一番
ということが言えます。
そもそも入院費は、身内の方が保証人になっているケースが多いと思いますが。

ついでに、家裁で相続放棄をするならば
入院費だからといって、故人が加入していた「医療保険金」を請求してはいけません!
これはまさに相続財産ですから、法定単純承認になってしまいます。
(詳しくはQ080をごらんください。なお、「死亡保険金」は大丈夫です)。

「高額療養費」の請求にも注意が必要です!
高額療養費は、故人が受給権者であるときは、請求してはいけません。
故人が世帯主(国保)・被保険者(健保の場合)には、還付される高額療養費は相続財産になってしまいます。相続放棄するならば請求できません。 なお、故人が世帯主や被保険者ではないならば、高額療養費を請求しても相続放棄できます。

 

【Reference】

 

法定単純承認 ~相続を承認したものとみなされてしまうケース~

自分から「相続を承認します」という意思を明らかにしなくても、他人から見たら相続を承認したような事実があれば、相続人は単純承認したものとみなされます。これを法定単純承認といい、次のような場合がこれにあてはまります(民法921条)。

(1)相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき

・「処分」には、相続財産の事実上の処分(例:取り壊し)と、法律上の処分(例:譲渡)の両方を含みます。 ・単に建物の修理のような遺産の値打ちを維持するだけの行為や、短期の賃貸借契約(たとえば土地なら5年、建物なら2年以内の期間の賃貸借契約)は除きます。

(2)相続人が相続放棄や限定承認の手続きを取らず、3ヶ月の熟慮期間Q079を過ぎたとき

(3)たとえ相続放棄や限定承認をした後でも、相続財産の全部または一部を、(a)隠したり、(b)債権者に隠れてこっそり消費したり、(c)隠すつもりで限定承認をしたときに作成する財産目録に載せなかったりしたとき

このようなケースにあてはまって法定単純承認が成立すれば、もはやその後に相続放棄することはできません。 たとえ熟慮期間中であったとしても、法定単純承認を生じさせた行為を撤回することは原則としてできず(民法919条1項)、相続人は無限に被相続人の権利義務を承継することになります(民法920条)。

 

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Q084 相続放棄後に遺産を持ち出したら(法定単純承認5)

【Question】

個人的に金銭を貸し付けていた、取引先の社長が亡くなりました。
そこでご遺族に借金を返済するよう求めたのですが、ご遺族の話では、財産よりも負債のほうが多かったので相続人全員が相続放棄したとのことで、家庭裁判所が発行した証明書も確かに見せてもらいました。

しかし、生前の彼は派手好きで、スーツや靴などは高級なものを身につけていましたし、輸入品のガラス器も大切にしていました。また、絵画やヴィンテージワインを集める趣味もありました。これらのほとんどは、相続放棄後に一部の遺族の方が形見分けと称して持ち出したようです。

確かに彼は借金も多かったようですが、価値のありそうな遺品の大半を持ち出した遺族が相続放棄できて、債権者である私は何も請求できないというのは釈然としません。

 

【Answer】

故人を偲ぶ程度の遺品を相続人間で分け合う『形見分け』については、民法921条1号の「相続財産の処分」にあたらず、それが相続放棄の後になされた場合でも同3号の「相続財産の隠匿」等にあたらないとされています。通常の形見分けによって単純承認したものとみなされることはありません

しかし、たとえば遺品に新品同様の衣服・靴等が多数含まれている場合や高価な宝石などは、一定の財産的価値を有している以上、これを勝手に持ち出す行為は通常の形見分けの範囲を超えています。そもそも相続放棄した遺族には、その放棄によって相続人となる者のために相続財産を管理する義務があるのです(民法940条)。

相続放棄した後であっても、相続財産を持ち出し、被相続人の債権者に損害を与えるような背信的行為をした相続人に対して、相続放棄によるメリットを与えるべきではありません。

そこで、利害関係人に損害を与えるおそれがあることを認識しながら相続財産を隠した場合には、民法921条3号の「相続財産の全部または一部または隠匿」にあたり、制裁的に相続を単純承認したものとみなされる可能性があります

なお、相続人が、相続放棄の申述を受理された後、故人のスーツ・毛皮コート・靴・絨毯等一定の財産的価値を有する遺品のほとんどすべてを自宅に持ち帰った行為が、いわゆる形見分けを超えるものであって「相続財産の隠匿」にあたるとした地裁判例があります(東京地判平成12年3月21日家月53巻9号45頁)。

 

【Reference】

 

法定単純承認 ~相続を承認したものとみなされてしまうケース~

自分から「相続を承認します」という意思を明らかにしなくても、他人から見たら相続を承認したような事実があれば、相続人は単純承認したものとみなされます。これを法定単純承認といい、次のような場合がこれにあてはまります(民法921条)。

(1)相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき

・「処分」には、相続財産の事実上の処分(例:取り壊し)と、法律上の処分(例:譲渡)の両方を含みます。 ・単に建物の修理のような遺産の値打ちを維持するだけの行為や、短期の賃貸借契約(たとえば土地なら5年、建物なら2年以内の期間の賃貸借契約)は除きます。

(2)相続人が相続放棄や限定承認の手続きを取らず、3ヶ月の熟慮期間Q079を過ぎたとき

(3)たとえ相続放棄や限定承認をした後でも、相続財産の全部または一部を、(a)隠したり、(b)債権者に隠れてこっそり消費したり、(c)隠すつもりで限定承認をしたときに作成する財産目録に載せなかったりしたとき

このようなケースにあてはまって法定単純承認が成立すれば、もはやその後に相続放棄することはできません。 たとえ熟慮期間中であったとしても、法定単純承認を生じさせた行為を撤回することは原則としてできず(民法919条1項)、相続人は無限に被相続人の権利義務を承継することになります(民法920条)。

 

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Q086 相続放棄したら死亡事故の損害賠償金は受け取れないのか

【Question】

父が交通事故で死亡しました。
家族にとっては良き父親でしたが、事業を営んでいた関係で借入金が多く、相続に関しては家庭裁判所で相続放棄の手続きをすることを検討しています。

もし相続放棄をしたならば,交通事故に関して、加害者からの損害賠償は一切受けられないのでしょうか?

 

【Answer】

交通死亡事故によって発生する不法行為に基づく損害賠償請求権は,次の二通りに区別できます。一つは(a)亡くなったお父様ご自身の損害賠償請求権、もう一つは(b)遺族であるあなたご自身が持つ損害賠償請求権です。(ご参考:Q085 交通死亡事故の損害賠償金は相続されるの?

 

(a)亡くなったお父様ご自身の損害賠償請求権の例

治療費

②死亡による逸失利益
(生きていれば得られたはずの将来の収入等のことです)

③死亡に対する慰謝料
(精神的損害に対する賠償金のことです。たとえ即死であっても、被害者自身が精神的損害を受けたものとして慰謝料を請求する権利が発生します)

 

(b)遺族であるあなたご自身が持つ損害賠償請求権の例

①遺族固有の慰謝料
(家族を失うという精神的苦痛について、加害者に請求できる賠償金)

②扶養利益喪失による損害賠償
(交通死亡事故の被害者から扶養されていた内縁の妻は、扶養請求権を侵害されたものとして、被害者の逸失利益の50%を賠償請求できると判示した裁判例があります。平成12年9月7日最高裁判決)

 

(a)の亡くなったお父様ご自身の損害賠償請求権は、相続財産に含まれるため、家庭裁判所で相続放棄の申述をすれば受け取ることができません

いっぽう、(b)の遺族であるあなたご自身が持つ損害賠償請求権は、死亡保険金と同様に遺族固有の財産であり、相続放棄の手続きをしても受け取ることが可能です。

 

ただし、交通死亡事故による損害賠償の額については、保険会社の基準と裁判所の基準とで、大きな差が生じる場合があります。相続放棄をしないで裁判を通して損害賠償を請求したほうが、手元に残るものが多いかもしれません。保険会社から提示された賠償金をそのまま信じるのではなく、交通事故を得意とする弁護士に相談し、相続放棄をしなかった場合に受け取れる賠償金総額と故人が残した相続債務の額を十分に比較検討の上、相続放棄するかしないかの結論を出すようにしてください。

 

【Reference】

家庭裁判所の相続放棄と交通死亡事故の損害賠償金についての考え方は、基本的には上記【answer】の通りです。
しかし、保険金請求との関係で複雑な点もありますので、若干補足します。

 

 自賠責と相続放棄

自賠責保険(共済)は、交通事故による被害者を救済するため、加害者が負うべき経済的な負担を補てんすることにより、基本的な対人賠償を確保することを目的とする強制保険です。原動機付自転車(原付)を含むすべての自動車に加入が義務付けられています。補償対象は人身損害だけです。

自動車保険は通常、加害者が被保険者で、被害者は被保険者ではありません。したがって保険会社に保険金を請求できるのは、原則として被保険者である加害者のみです。
「加害者が被害者に損害賠償金を支払い、加害者自身が払えない部分については保険会社に補てんしてもらう。」
これが自動車保険の本来の姿です。

しかし、自賠責保険は、被害者救済を目的とした強制保険です。そこで、加害者が任意保険に加入していない等、十分な賠償を受けることができない場合に、最低限の賠償を被害者自ら加害者が加入している自賠責に請求する制度が設けられています。これが被害者請求です(自動車損害賠償保障法第16条)。

さて、この被害者請求をした場合、これが単純承認とみなされて相続放棄できなくなるのかどうか、という問題点があります。

これについては、「自動車損害賠償保障法第16条1項による自賠責保険金請求権は相続財産であり、相続人がこれを行使して保険金を受領したことは法定単純承認にあたる」とした事例もあります(京都地判昭和53年9月18日交民集11巻5号1345頁)。
治療費や逸失利益等もまとめて請求すれば、相続を承認したとみなされても仕方がありません。

しかし、自賠責は支払い基準が定型・定額化されていて、死亡による損害の中には「遺族の慰謝料」が決められています。
遺族(請求権者)1人 : 550万円
遺族(請求権者)2人 : 650万円
遺族(請求権者)3人以上 : 750万円
被害者に被扶養者がいる場合は、上記金額に200万円を加算(以上、平成26年4月時点)

これは遺族固有の権利ですので、相続放棄した場合でも受け取ることができます(参考:最高裁平成12年03月09日民集54巻3号960頁。この裁判の事例では、相続放棄した妻子が遺族の慰謝料を自賠責から受け取っています)。

 

搭乗していた自動車の保険から死亡保険金が下りた場合(搭傷・自損)

搭乗していた自動車の保険から死亡保険金が下りる場合があります。代表的なのは搭乗者傷害保険や自損事故保険です。

 

搭乗者傷害保険とは、保険契約対象の自動車に搭乗中の人(運転者も含む)が、自動車事故により事故の発生日から180日以内に死傷した場合に、死亡保険金や後遺障害保険金、医療保険金等が支払われるものです。

自損事故保険とは、保険契約対象の自動車に搭乗中の人が、ガードレールへの衝突のような自損事故で死傷した場合で、自賠責保険から保険金が支払われない場合に(死傷した人が運転者や自動車の所有者である場合など)、この保険から死亡保険金、後遺障害保険金、医療保険金等が支払われるものです。

 

上記の損害保険契約によって『死亡保険金』が支払われる場合保険金受取人は「相続人」となっていることがほとんどだと思います。搭乗者傷害保険にしろ自損事故保険にしろ、被保険者は「契約自動車に搭乗中の人すべて」ですから、生命保険の死亡保険金のようにあらかじめ特定の人を受取人に指定しておくことはできないからです。

「法定相続人が受け取るものだから、相続放棄したら受け取れないのではないか?」と考えてしまいそうになりますが、これら損害保険契約による『死亡保険金』は、相続人固有の権利として、相続放棄しても受け取ることができるものです(搭乗者傷害保険につき、平成4年8月17日名古屋地裁判決)

これは生命保険契約のケースと考え方は同じです。Q080 生命保険金を受け取ったら相続放棄できないのかをご覧ください。

ただし、受傷者自身に支払われるべき『後遺障害保険金』や『医療保険金』を、相続放棄した者が請求してしまうと、相続を承認したことになって相続放棄できませんのでご注意ください。

 

人身傷害保険は?

人身傷害保険とは、保険契約対象の自動車や他の自動車に乗車中の自動車事故で本人(被保険者)等や同乗者が死亡・後遺障害・傷害を受けた際に、死亡保険金や後遺障害保険金、医療保険金等が支払われるものです。
乗車中の事故だけでなく、歩行中の自動車事故でも保険金がおります(乗車中に限定した商品もある)。

事故の相手方から十分な賠償を得られない場合に加入する、いわば自衛のための保険です(ただし、実際に受け取る金額は、逸失利益等を保険会社の基準で計算するので、1億の人身傷害に加入していても1億受け取れるわけではありません)。

この人身傷害保険も、死亡保険金の受取人が「相続人」である点で搭乗者傷害保険に類似しており、受取人固有の権利として相続放棄しても受け取れるものと考えられますが、今のところ裁判例は明確になっておらず、グレーゾーンです。

 

 

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Q087 生前の相続放棄や、生前の遺産分割協議はできるか

【Question】

妻とは10年前に死別しましたが、近いうちに再婚したいと考えています。

しかし、前妻との間に生まれた長男が、
「再婚相手にはお父さんを相続する資格があるから、相手が相続権を放棄することを再婚の条件にしてほしい」
と言われました。

長男が言う事も理解できないわけではありませんが、再婚相手に相続権を放棄してもらうにはどうすればいいのでしょうか。

 

【Answer】

まず、家庭裁判所で手続きをする『相続放棄』の申し立ては、相続があったことを知った時から3ヶ月以内にするものとされており、相続開始前に申し立てることはできません。

また、たとえば「相続権を放棄します」という内容の念書を書かせたとしても、法律上は無効であり、何も効力はありません。
財産の持ち主が亡くなったわけでもないのに、あらかじめ推定相続人が集まって遺産分割協議をすることも、やはりできません。

遺言や死因贈与契約を活用することによって相続財産が再婚のお相手に渡らないようにするのが、一番お望みに近いと思います。ただし、遺留分はどうしようもありません。

 

【Reference】

生前の相続放棄はできない

まず、家庭裁判所での『相続放棄』手続きは、相続開始前にすることはできません

相続放棄の手続きは、相続ガあったことを知った時から3ヶ月以内にするものとされており(Q078)、相続開始前に申し立てることはできない仕組みになっているからです。

これは、相続開始前の相続放棄を認めてしまうと、たとえば親が特定の子に圧力をかけて相続放棄を強制するような弊害が予想されるので、それを防ぐために相続開始前の相続放棄手続きをいっさい認めていないのです(例:東京家審昭和52年9月8日家月30巻3号88頁)。

 

遺産放棄の事前約束や、生前の遺産分割協議も無効

家庭裁判所の手続きを使わずにあらかじめ遺産相続を放棄する約束を取り付けていたとしても、やはりそれは無効であり、いっさい効力を持ちません。

また、本来であれば相続が開始した後に作成するべき遺産分割協議書を相続開始前に作成しておき、あらかじめ署名捺印しておいたとしてもなんら効力はありません

これらは、生前の相続放棄が認められないのと同じく、強制される弊害があるからです。
そもそもある人がまだ生きているのに、その人の権利や義務を周囲が勝手にどうにかするなどということが、たとえその人の家族であろうと許されていいわけがないのです。

また、遺産の範囲は相続の開始によってはじめて確定するのですから、相続に関する約束や協議は、相続が開始した後に各相続人の意思によって行われるのが本当の姿です。
対象となる財産が定まってもいない段階では、遺産放棄の約束や分割協議をしても意味がありません(次の日に宝くじが大当たりするかもしれないではないですか)。

 

次善の策は遺言や死因贈与

結局のところ、ある人が自分の万一の場合に備えてあらかじめ財産の行方を決めておく方法としては、遺言か死因贈与契約が一般的なものであると言えます。

その場合でも遺留分の問題は避けられません。
ただし、遺留分については相続放棄と異なり、家庭裁判所の許可を受ければ相続が開始する前でも遺留分は放棄できます

しかし、遺留分放棄の代償がきちんと支払われているかどうかなど、一定の条件をクリアしないと家庭裁判所は相続開始前の遺留分放棄を許可しません(詳しくはQ076)。

 

 

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