Q088 相続放棄を、取り消し(撤回)できるか

【Question】

父が昨年死亡しました。

葬儀が終わってまもなく兄から電話があり、父には多額の借金があるので、至急、家庭裁判所で相続放棄の手続きをするように言われました。
3ヶ月以内にしなければならないとのことで、大あわてで相続放棄の手続きをし、受理されました。

ところが、父に多額の借金があるという話は、兄のまったくのデタラメでした。それならば私も遺産を相続したいと思いますが、どうすればよいでしょうか。

 

【Answer】

だまされた、すなわち第三者の詐欺によって相続放棄をした場合、相続放棄をした時と同じ家庭裁判所で『相続放棄の取り消しの申述』をして、これが受理されれば相続放棄の効力が失われ、遺産を相続することができます。

ただし、このような相続放棄の取り消しの申述は、することができる期間が制限されています。追認することができる時(ご相談の例でいえば「だまされたことに気づいた時」)から6ヶ月以内に取り消しの申述をしないと時効によって取り消せなくなります。また、相続放棄の時から10年を経過した場合も取り消せなくなります。

取り消しができるのは、だまされたことに気づいてから6ヶ月以内と大変短いので、急いで手続きを取りましょう。

 

【Reference】

受理される前なら取り下げればOK

一度は相続放棄しようと思ったものの、やはり相続しようと思い直した場合、家庭裁判所が相続放棄を受理する前ならば、申し立てを取り下げるだけで大丈夫です。

相続放棄は、申述書を提出してから受理されるまで、多少時間がかかります。申述書が申請人の本意にもとづいて提出されたものかどうか、家庭裁判所で意思確認をするためです。すぐに受理されるわけではありません。
受理された場合にはじめて、相続開始時にさかのぼって相続放棄の効果が生じるというのが実際の取り扱いです。

そのため、相続放棄の申述をしたけれどもこれを取下げたいならば、家庭裁判所は認めてくれます。

 

受理された相続放棄は、撤回が禁止されている

それでは、家庭裁判所で受理された相続放棄を後になって撤回することはできるのかというと、「相続の承認及び放棄は、民法第915条第1項の期間内(=熟慮期間内)でも、撤回することができない」と民法919条1項に規定され、いったんおこなった相続放棄の撤回を完全に禁止しています。承認も同じです。

安易な撤回を認めると、債権者や他の相続人に迷惑がかかり、相続による財産関係がいつまでも安定しないからです。

裏を返せば、相続放棄をする場合は、慎重な判断を求められているのです。

 

詐欺等による取り消しは可能

とはいえ、ご相談事例のように第三者にだまされた詐欺)場合やおどされた強迫といいます。民法では「脅迫」とは書かないのです)場合でも、いったん受理された相続放棄を取り消せないというのでは、フェアではありません。

そこで一定の場合に限り、受理された相続放棄等(等には限定承認も含みます)の取り消しが認められています(民法919条2項)。それは次のような場合です。

①詐欺や強迫によってなされた相続放棄等(民法96条)
②未成年者が法定代理人の同意を得ずにおこなった相続放棄等(同5条)
③成年被後見人がおこなった相続放棄等(同9条)
④被保佐人が保佐人の同意を得ずにおこなった相続放棄等(同13条)
⑤後見監督人がいるのに、その同意を得ずに後見人が本人を代理しておこなった相続放棄等(同864・865条)

受理された相続放棄を取り消すには、家庭裁判所で『相続放棄の取り消しの申述』をします(民法919条4項)。
管轄裁判所は、相続放棄の申述と同じく相続開始地の家庭裁判所です(家事事件手続法201条1項)。

これが受理されれば、相続放棄の効力が失われます。

ただし、相続放棄等の取り消しができる期間は、非常に短く制限されています(民法919条3項)。
(1)追認をすることができる時から6ヶ月以内
(2)相続放棄等の時から10年以内
このどちらかの期間を過ぎると、受理された相続放棄等を取り消せなくなります。

家庭裁判所で『相続放棄の取り消しの申述』をすると、ひととおりの審査の後、通常は受理されます。
がしかし、この受理は利害関係人の意見を聞かずに行われるので、取り消しの審判に不満な利害関係人が、別の民事訴訟を提起して取り消しの効力を争うのはまったくの自由です。これは相続放棄の申述が受理された場合と同様です。

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Q089 未成年者はどうやって相続放棄するの?

【Question】

先日、夫が他界しました。
相続人は、妻である私の他に子供が一人いるだけですが、子供は16歳です。

遺産相続については、債務(マイナスの遺産)が資産(プラスの遺産)より多いので、次の二つの方法を検討しています。

(1)私も子供も二人で相続放棄する
(2)私が一人で資産も負債も相続し、子供だけ相続放棄させる

それぞれどのように手続きをすすめればいいのでしょうか。

 

【Answer】

(1)の場合、あなたが未成年の子の唯一の法定代理人(親権者)ですから、あなたご自身と未成年のお子様の相続放棄の手続きは、あなたおひとりですべて行うことができます。

(2)の場合お子様のみが相続放棄をすることによって、あなたご自身の相続分が増加する(お子様が0人になるので、あなたの法定相続分が3分の2、夫の両親が3分の1となる)という関係にあります。
このような関係にある状態でお子様の相続放棄手続きをすると『利益相反行為』(民法826条1項)にあたってしまうため、相続放棄をする前提として特別代理人の選任を家庭裁判所に求め、そこで選任された特別代理人が未成年者の相続放棄をすることになります。

 

【Reference】

未成年者の相続放棄手続きと熟慮期間

未成年者が家庭裁判所の相続放棄手続きを利用する場合、一般的には法定代理人(親権者、未成年後見人)が、未成年者を代理して相続放棄の申述をします。

この場合、未成年者のために相続の開始があったことを、その法定代理人が知った時から、相続放棄することができる3ヶ月の熟慮期間がスタートします(民法917条)。
通常、熟慮期間は”本人”が知った時からスタートしますが、未成年者の場合はその法定代理人に十分な検討期間を与える必要があるため、例外が設けられているのです。

 

利益相反行為と特別代理人

前記のように、未成年の子の相続放棄の手続きは親が代理して行うことになるわけですが、親(親権者)が子に相続放棄をさせつつ自分自身は相続を承認するような場合、形式上は親側の相続分が増加することになります。

(たとえば本件のご相談では、相談者(妻)が相続を承認し、未成年の子だけ相続放棄をさせたならば、その子ははじめから相続人でなかったことになります。
すると、夫の直系尊属(父母等)が第2順位の相続人となり、妻と共同して相続人となります。この場合の法定相続分は直系尊属が3分の1、妻が3分の2です。妻と子が相続人である場合の法定相続分は各2分の1ですから、妻の相続分は2分の1から3分の2に増えることになるわけです。)

そうすると、相続を承認する妻としての立場と、相続を放棄する子の立場が衝突してしまいます。このような状態で子の代わりに相続放棄手続きをすると『利益相反行為』にあたるため、民法826条1項の『特別代理人』を選任する必要があり、この特別代理人が親権者になりかわって、未成年者の相続放棄の手続きをすることになります。

利益相反行為に当たるかどうかは、親権者の意図は考慮せずに判断します。
たとえば、親権者が故人のローンをすべて引き受け、未成年の子供には負担をかけたくないという意図で子供だけ相続放棄させようとする場合でも、形式的には利益相反行為となるため、特別代理人の選任が必要とされています。

 

また、未成年の子が2人以上いる場合でも、(親権者自身が相続放棄するならば)未成年の子「全員」を代理して相続放棄手続きをすることは可能ですが、一部の子だけ相続を承認し、一部の子だけ相続放棄するということになると、未成年の子の間で相続分の増減が発生してしまうので、この場合も『利益相反行為』にあたり、『特別代理人』を選任する必要があります(この場合の民法上の根拠は、826条1項ではなく、同条2項)。

 

逆に、次のような場合には利益相反行為となりません。
特別代理人を選任しないで、法定代理人が子を代理して相続放棄の手続きをすることが可能です。

(a)未成年の子全員と同時に、親権者も一緒に相続放棄の申述をするケース
(b)親権者自身が先に相続放棄した後に、未成年の子全員が相続放棄するケース

 

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Q090 成年被後見人や被保佐人は、どうやって相続放棄するの?

【Question】

先日、父が他界しました。
相続人は、配偶者である私の母の他、長男である私だけなのですが、母は認知症の症状が進み、私が母の成年後見人です。

遺産相続については、債務(マイナスの遺産)が資産(プラスの遺産)より多いので、次の二つの方法を検討しています。

(1)私も母も二人で相続放棄する
(2)私が一人で資産も負債も相続し、母だけ相続放棄させる

それぞれどのように手続きをすすめればいいのでしょうか。

 

【Answer】

(1)の場合、あなたがお母様の法定代理人(成年後見人)ですから、あなたご自身とお母様の相続放棄の手続きは、あなたおひとりですべて行うことができます。

(2)の場合、被後見人であるお母様が相続放棄をすることによって、後見人であるあなたご自身の相続分が増加するという関係にあります。 このような関係にある状態でお母様の相続放棄手続きをすると『利益相反行為』(民法860条・826条1項)にあたってしまいます。
利益相反関係にない後見監督人がいるならば、その後見監督人が被後見人の相続放棄をすることができますが、後見監督人が選任されていないならば、前提として特別代理人の選任を家庭裁判所に求め、そこで選任された特別代理人がお母様の相続放棄をすることになります。

 

【Reference】

成年被後見人・被保佐人・被補助人の相続放棄手続きと熟慮期間

成年後見制度を利用している本人が家庭裁判所の相続放棄手続きを利用する場合、次のような形で相続放棄の申述をします。

(a)被後見人の場合:法定代理人である成年後見人が本人を代理して相続放棄の申述をします。

(b)被保佐人の場合:被保佐人自身が相続放棄の申述をすることができるが、その際に保佐人の同意を必要とします(民法13条)。
保佐人に代理権が付与されている場合には、この限りではありません

(c)被補助人の場合:被補助人自身が単独で相続放棄の申述をすることができます。
被補助人に同意権や代理権が付与されている場合には、この限りではありません

(a)の場合(つまり成年被後見人が相続放棄する場合)、被後見人のために相続の開始があったことを、その成年後見人が知った時から、相続放棄することができる3ヶ月の熟慮期間がスタートします(民法917条)。 通常、熟慮期間は”本人”が知った時からスタートしますが、被後見人の場合はその法定代理人に十分な検討期間を与える必要があるため、例外が設けられているのです。

ただし、この例外があるのは(a)の場合だけで、(b)の被保佐人や(c)の被補助人には適用がありませんのでご注意ください。

 

利益相反行為と特別代理人

前記のように、成年被後見人の相続放棄の手続きは成年後見人が代理して行うことになるわけですが、親族が成年後見人になっていると、今回のご相談のように被後見人と後見人とが共同で相続人になるケースが少なくありません。
この状態で、もしも成年後見人が被後見人に相続放棄をさせつつ自分自身は相続を承認するような場合、形式上は成年後見人側の相続分が増加することになります。

このような状態で被後見人だけの相続放棄手続きをすると、これは『利益相反行為』にあたるため、次のどちらかの方法で成年被後見人の相続放棄手続きをすることになります。
(1)利益相反関係にない後見監督人がいる場合、その関与によって相続放棄をする。
(2)民法860条・826条1項の『特別代理人』を選任し、その関与によって相続放棄をする。

利益相反行為に当たるかどうかは、成年後見人の意図は考慮せずに判断します。 たとえば、成年後見人が故人のローンをすべて引き受け、被後見人には負担をかけたくないという意図で被後見人だけ相続放棄させようとする場合でも、形式的には利益相反行為となるため、後見監督人または特別代理人の関与が必要とされています。

なお、本人と被保佐人とが利益相反関係にある場合には、保佐監督人または臨時保佐人の関与が必要となります。
補助の場合でも、相続放棄についての代理権または同意権が補助人に与えられていて、本人と被補助人とが利益相反関係にある場合には、補助監督人または臨時補助人の関与が必要です。

 

逆に、次のような場合には、被後見人と後見人とが共同相続人である場合でも利益相反行為となりません。 特別代理人を選任しないで、成年後見人が被後見人を代理して相続放棄の手続きをすることが可能です(昭和53年2月24日最高裁判決)。

(a)被後見人と同時に、成年後見人も一緒に相続放棄の申述をするケース
(b)成年後見人自身が先に相続放棄した後に、被後見人が相続放棄するケース

 

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Q091 受理された相続放棄がひっくり返ることはないのか

【Question】

弊社は一年前、X氏に対し350万円を貸し付けました。

ところが分割返済が始まって間もなく、半年前にX氏は亡くなってしまいました。

そこで、X氏の子ら相続人に対し、電話や郵便などによって貸付金の返済を求めていたのですが、つい先週、相続放棄が家庭裁判所で受理されたとの文書が送られてきました。受理されたのは最近の日付になっています。

X氏の相続人に対して弊社から継続的に支払いを請求していたにもかかわらず、亡くなってから半年もたって相続放棄が受理されたのは、納得がいきません。しかし、家庭裁判所が受理した以上、相続放棄について今から争うことはできないのでしょうか。

 

【Answer】

相続放棄の申述を家庭裁判所が受理したとしても、その相続放棄が法律上の要件を満たした適切なものであるかどうか、確定したわけではありません。3ヶ月の熟慮期間が経過していることや法定単純承認にあたる事実が存在することを、民事訴訟を提起して争うことは可能です。

訴訟の結果、受理された相続放棄が無効になることもあるのです

(訴訟を提起するかどうかは、相続人の熟慮期間を伸長する審判があったのかどうか、御社の請求の態様、次順位の相続人から回収できる可能性や訴訟を提起した場合のコストなど、総合的に判断して決めることになるでしょう)

 

【Reference】

相続放棄の申述がなされた場合、家庭裁判所はこれをすぐに受理するわけではありません。申述の形式が法律に沿ったものかどうか、申述が相続人の真意に基づいているか、申述が熟慮期間内になされているか、法定単純承認事由に該当しないか等、一通り家庭裁判所が審理したうえで、相続放棄申述の受理・不受理について審判をします。

相続放棄の受理・不受理にあたって家庭裁判所が行う審理は厳密なものではなく、一応の審理で足りるとされています。なぜかというと、もしも相続放棄の『不受理』が確定してしまうと相続人の不利益が非常に大きいので、却下すべきことが明らかでないかぎり、広く相続放棄の申述を受理する方向で家庭裁判所が運用しているからです。

その代わり、債権者等の利害関係人が、相続放棄が無効であるとして別の訴訟手続きの中で争うことは自由です。家庭裁判所が相続人による相続放棄の申述を受理したからと言って、それが絶対的な効力を持つわけではないのです。

 
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